あなたの挑む星幽塔｜リアクション

あなたの挑む星幽塔

　キャットロードの通りを水上桜が前傾の姿勢で歩いていた。水色のワンピースに薄手のカーディガンという清楚な見た目が若い男性の視線を集めた。本人は脇目も振らず、ただ前を見据えている。
　急に速度が落ちた。戸惑うような表情で立ち止まる。目の前の店舗にはシャッターが下りていて『臨時休業』の紙が貼られていた。
　――アクセサリーの素材が欲しかったのに。
　桜はシャッターを背にした。迷子のように視線を彷徨わせる。真新しい書店を見つけた。
　――アクセサリーの本でも買って帰ろうかな。
　道路を渡って書店に向かう。微笑みを浮かべて中に入った。

　空間は白で埋め尽くされていた。頭の中まで白くなったかのように立ち尽くす。
「いらっしゃいませ」
　桜は声の方に顔を向ける。白いタキシードを着た人物が傍らにいた。
「改装中ですか？」
「営業中です。お客様、星幽塔の疑似体験はいかがでしょうか」
　思いもしない言葉に桜は僅かに眉根を寄せる。
「よく行く場所なんだけど」
「そのようなお客様にも、ご満足いただける疑似体験になっています」
「本当に？」
　タキシードの人物は簡単な説明と四つの世界の概要を語った。
「お客様はどの世界を体験しますか」
「大体はわかったけど、急に言われても。お任せでいいわ」
「承りました。では、存分にお楽しみください」

　視界が氷に覆われた。鼻先に冷たい物が触れて急いで後ろに下がる。離れたことで全体が見えてきた。
　桜の眼前には巨大な氷柱がそそり立つ。素早く周囲に目をやると同様の物が灰色の雲に牙を剥いていた。空からは止みそうにない雪が降り続けている。
　桜は動きを重視した装備で身を固めていた。胸や腕には致命傷を負わないように防具が付けられていた。首には銀色の毛皮を巻いてマントの代わりにもなっていた。
　桜は身を縮めて足踏みを始める。
「む、む、むちゃくちゃ寒いんですけどー！」
　声には若干の怒りが含まれていた。
　――確かにお任せにしたけど、なんで極寒世界なのよ。
　足踏みをやめて長い息を吐いた。冷静になっても寒さは堪える。
「もう少し、マシなところは」
　林立する氷柱が先を隠す。更に大粒の雪が視界を悪くした。足場も良くない。硬い氷原は滑らかではなかった。鋭利な刃物となっているところもあった。
「移動は慎重に」
　右手に持ったボウガンを胸元に引き寄せて恐る恐る歩いた。自ずと目は斜め下に向かう。
　――こんなところでクレバスに落ちたら、どうしようもないわ。
　確かめるような一歩を繰り返す。遅々とした歩みは進んでいないように思えた。氷柱はあまりにも巨大であった。
　風の音に混じって野太い声が聞こえてきた。威嚇するように連続で吠える。
　――熊ではないわ。声が近づいてくる。
　桜は適度に足を開いた。その姿勢でやや腰を落とす。ボウガンをしっかりと持ち、警戒色を強めた。
　視界の一部に雪煙が上がる。目は瞬間的に上を見た。白い毛に覆われた雪男が拳を打ち込んできた。
　桜は一足飛びで離れた。雪男の一撃で砕かれた氷原が氷の礫となって顔に当たる。目を閉じることなく、ボウガンの一撃を食らわした。
　桜は舌打ちした。目を狙った攻撃は逸れて肩に当たった。意に介さず、雪男が突っ込んでくる。
　ひらりと躱すと横手に死装束の雪女が現れた。桜に向けて白い息を吹き掛ける。瞬時にマントの一部を使って防ぐ。その部分は完全に凍っていた。
　――同時に二体って、どうすればいいのよ。
　胸中の思いは顔に出ない。負けず嫌いの性質が勝った。一点に止まらず、二体の連携を阻むように攻撃を加えた。
　――足場が悪いわ。滑ったら、そこで終わりよ。
　走りながらも足元に注意を払い、迫る敵をボウガンの攻撃で退ける。
　やがて静けさが訪れた。桜は氷柱を背にして息を整える。
「襲って来ない？」
　敵の攻撃は止まった。姿を見ることも出来ない。桜は小さく頷いた。
「縄張りを抜けたのね」
　安堵した表情で静かに腰を下ろした。

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