【恵御納家の希望】

　ウソは混ざり合います。
　今日の日にいくつもの願いをとなえた恵御納 夏朝、恵御納 久隆、恵御納 理沙……家族の想いは、２０年も前に経営破綻から閉鎖された寝子島イリュージョンランドを復活させ、ちょうど寝子島へと出現した『NIKUKYU　NYAND』と融合し、ふたつと無い今日限りのテーマパークとなりました。
　猫耳カチューシャをかぶった回田 はつながふと彼らを見つけて、うひ～！　と笑います。『家族みんなで、楽しんでいってね！』そんなふうに言って微笑みながら、次のアトラクション目指して猫たちといっしょにステップを踏みふみ、去っていきました。



　ウソは、混ざり合うのです。切なる願いをも巻き込んで。
「……これは……なんで」
「僕たちが、そう願ったから。お父さんとお母さんも、一緒に願ってくれたから……」
　目の前に、夏朝。その肩を抱く父、久隆。母理沙は少し涙ぐんで、こくんとうなずきます。
「また会えたな。君がもうひとりの夏朝なら、私たちにとっても、もうひとりの娘だ」
「あなたは、私と旦那さまの生命のひとかけらを受け継いだ……私たちの娘だわ。夏夜ちゃん」
　夏夜。夏朝の別人格として生まれた彼女は、今やひとりの人間として分離・独立して、家族とともに並び立っているのです。
「っ……夏朝！！」
「夏夜、ちゃん……っ！！」
　交換日記を介した婉曲的な邂逅を経て、鏡合わせのふたりは今、ようやくにして抱き合うことができました。
　あっという間に涙でべしょべしょになってしまった娘たちを見つめて微笑む、久隆と理沙。父母はやがて顔を見合わせてうなずき合うと、理沙が声を張り上げます。
「これで、家族団らん……には、ひとり足りないの。お願い、もうひとつだけ！　ウソを、現実に変えて……！」
「ああ。私たちの大切な息子に、今こそ、会わせてくれ！」
　瞬間。夫婦の胸から、ぽう、ぽうっ、と小さな光が生まれて飛び出しました。赤い光と青い光……ふたつの光は尾を引きながら飛び交い、螺旋を描いて絡み合い、やがて形を成していきます。
　それは３歳くらいの、小さな男の子でした。淡く光る妖精のような羽をぱたぱたとはためかせて、たどたどしく家族を呼びました。
「まま！　ぱぱ！」
「……冬夜ぁッ！！」
　理沙が抱きしめたのは、生まれることなくこの世を去ってしまった、恵御納家の末子。巡り合うことのなかった……夏朝と夏夜の、弟でした。
　家族５人はかたく、かたく、抱きしめ合いました。ウソと願いが混ざり合い、生まれた今日というこの奇跡を、それぞれの胸へと刻み込むように。
「今日は、いっぱい、いっぱい遊ぼうね。夏夜ちゃん」
「ああ……そうだね。夏朝」
　くしゃくしゃに崩れた泣き笑いには、幸せが満ちています。



　ニャンドの猫たちに出迎えられて、恵御納家はメリーゴーランドへ乗り込みます。
　きらきら瞬く電飾。軽やかな音楽。回るティーカップ……咲く花のような笑顔！
「うわぁ、猫さんたちも一緒に回ってる……！　夏夜ちゃん、見て見て！」
「はは……本当だ。みんな楽しそうだね」
　夏朝が左手の猫パペット、ハルくんをぱくぱくしながら笑うと、夏夜もどこか照れくさそうに笑みを浮かべます。
　こんな日がいつか訪れたらと、ずっとずっと抱き続けてきた希望は現実となって、今、目の前にありました。ふたりの指は離れがたく、きゅうっと絡み合ったままです。
「お父さん、お母さん。ふふ、冬夜くんも……楽しいね！」
　理沙は胸に小さな妖精、冬夜を抱きながら、微笑ましく娘たちを見やります。
　体格の好い久隆は、ファンシーな乗り物に少々きゅうくつそうではありましたけれど、妻や娘たちの朗らかな表情を記録に残しておこうと、スマホ片手にカメラマン役を務めています。
「うふふ、楽しいわね♪　夏夜ちゃんも、楽しんでる～？」
「君も、私たちの娘なんだ。もっと甘えてもいいんだよ」
「う……うん」
　かつては『冷徹な僕』と言い表された夏夜も、双子の妹のような夏朝と同じく、１６歳の女の子です。父や母が恋しくなることもあったかもしれません。
　それでも夏朝ほどにはあけっぴろげになり切れない夏夜のはにかみに、理沙と久隆は優しい笑顔を浮かべて、その頭を撫でました。まさしく、愛する我が子にする仕草そのもので。
「きゃ、きゃっ♪」
　はしゃぐ小さな冬夜が、夏朝と夏夜の頬っぺたをぷにぷにとつついて、向こうにそびえるジェットコースターを指差します。
「えっ、冬夜くん、あれに乗りたいの？」
「冬夜には、ちょっと早いんじゃないかな……？」
　姉妹は少々、苦笑い。お姉ちゃんとして小さな弟のお願いはかなえてあげたいものの、いくらエイプリルフールとはいえ、危ないことをさせてしまうわけにもいきません。
　と、ちょうどその時。しゅぽしゅぽ煙を吐きながら、園内を巡る蒸気機関車がやってきて、ぽうっと汽笛を鳴らしました。
「冬夜くん、あれはどう？　機関車だよ」
「きかんちゃ！」
「はは、乗りたいみたいだね。じゃあ、行こうか……お、お父さんとお母さんも」
　照れながらも両親へ差し伸べられた夏夜の手を、理沙と久隆は握ります。冬夜はぱたぱたと不器用に羽を動かして、ぽすんっと夏朝の胸の中へ。
　恵御納家の遊園地巡りは、飽きずにしばし続きました。



「わわわ、たいへんだぁ！　ニクキューニャンドに、わるーい怪物たちがやってきたよ！　このままじゃみんな、たべられちゃ～う！」
　日も陰ってきた頃、どこからか聞こえてくる気の抜けたお姉さんの声。どうやら何か、ショーのようなものを上演しているようです。
　けれど今日は、エイプリルフール。何もかもが本当になってしまう一日です。
　現れたのは、うねうねと伸びるたくさんの足と大きなひとつ目を持つ、アニメの中から飛び出してきたようなヘンテコな怪物たち！　わあわあきゃあきゃあ、マスコットの猫たちは悲鳴を上げて逃げまどい、怪物たちはやがて恵御納家のところへもわらわらと押し寄せます。
「……夏夜ちゃん！」
「うん、夏朝！」
　ふたりはもう、迷いませんでした。どこからともなく取り出した、きらきらと輝くステッキを振るって、変身！
「『太陽の魔法少女、シャイニー・カーサと！』」
「『月の魔法少女、ルナ・カーヤが！』」
「「『天に代わって、オシオキだぁ！！』」」
　ぴこぴこ、ぴこん！　ステッキを大きなおもちゃのピコハンに変えて、ふたりはぴこぴこっと怪物たちを薙ぎ倒していきます。
　魔法少女ときたら、こちらの方も黙ってはいられません。
「ローゼマリー・シェーフェリン・フリューエシュタイン、降・臨☆　行きましょ～、旦那さま♪」
「ああ、行こう。家族みんなで……『恵御納家はみな、不思議な力が使える』からな！」
　ふりふりフリル満載のドレスに早変わりした妻へ微笑み、久隆もまた引き締まった肉体を艶やかな黒の燕尾服へと押し込め、ふたりで空へと舞い上がります。
　ぱたぱた、浮かぶ冬夜がキューピッドのような弓をしゅぱんと放って、怪物をびしりとやっつけました。
「「今の僕たちは……いつも以上に、強いんだからーーー！！」」
　どん、どどん！　瞬き始めた星たちの真っただ中に、色とりどり、いくつもの花火が咲きました。



　幸せよ、永遠であれ。誰もがそう、心に願ってやみません。
　今日の幸福な奇跡は、明日になったら、きっと消えてしまうのでしょう。
　それでも家族たちはみな、あふれてこぼれるほどの笑顔をたたえています。
　それでも家族たちはみな、空へと口々に願います。
「明日になっても……夏夜ちゃんと、並んで一緒に過ごせる！」
「夏朝と一緒に、学校へ行こう。並んで、一緒に……！」
「明日になっても……ううん。冬夜はまた、私たちの子になる！　生まれ変われる……！」
「娘の、妻の……家族の願いは、永劫に叶う！！」
　ここは不思議な不思議な、寝子島の片隅です。
　そんな願いが本当に、まったく少しも叶わないだなんて、誰が言えるでしょう？　荒唐無稽で突拍子もないお願いだなんて、誰に言い切れるでしょうか？
「「僕たちは……信じているから」」
　夏朝と夏夜。朝と夜の双子は手をつないだまま、微笑みながら。境目の空をいつまでも、じいっと見上げていました。