――がまん大会、２戦目！

　場所は再び、あの灼熱地獄の如き教室。
　ルールに則ってどてらを羽織りこたつに入って、志波 武道は叫んだ。
「ウワー、早速氷タベタイ！　ちょっとこれホットすぎるって！」
　事前に確認したところ、「ホット」等の「あつい」と同義の言葉はセーフとのこと。
　故に武道は、部屋に入った瞬間からその言葉を連呼していた。
　犬杜 初が、キムチ鍋を前に、じとっとした目でそんな武道を見遣る。
「そんなこと言って、『俺、キムチ鍋がイイデッス☆』なんて余計にあつ……ホットな提案したのは誰よ」
「ＨＡＨＡＨＡ！　俺辛いのは得意なんだよね！」
　ドヤァとばかりに言い放って、明るく笑う武道。
　初が渋い顔になる中、サキリ・デイジーカッターは常と変わらない涼しい顔だ。
　暑さを感じていないわけではないのだが、それを顔には出さないサキリである。
「こういう意味不明な企画をノリで実行する人っているよね……」
　しみじみとして言えば、初の眼差しがサキリへと移る。
「それって、うい達のこと言ってる？　ていうかそんなあんたもノリノリじゃない！」
「ハバネロ調味料？　というのをこの中に投入したのはあなただったわよね」
　初の言葉を、大天使 天吏が静かに継いだ。
　ハバネロハードコースの提案者――サキリが、赤の双眸を光らせふっと微笑む。
「僕は夏厳しく冬寒い悪環境で鍛えられた猫鳴館寮生……通常の鍋では生ぬるいよ」
「おおっ、カッコイイ☆」
「ただ、やるからには全力というだけだよ。……皆に確認も取ったしね」
「うぐ」
　武道の言葉を受けてのサキリの返しに、初が言葉に詰まった。
　サキリの提案に真っ先に「いいね！」と応じたのは、辛いのは得意だと豪語する武道。
　次いで天吏も「構わないわ」と頷けば、続く初の台詞は、
「確か、『上等よ！』だったかな。異論はないんだよね、初」
「な……ない、わよ……」
「なら、よかった。さあ、そろそろ始めようか」
　殊更ににっこりとするサキリ。
　ハードコースを周囲に強要する気こそ勿論なかったサキリだが、
（初はあの性格だから、１人だけ嫌だとは絶対言わないだろうとは思ったんだよね）
　という具合で、序盤から中々の策士っぷりを発揮しているのだった。
「じゃあ、先ずは俺からいっきまーす！」
　武道が、真っ赤なハバネロキムチ鍋に箸を伸ばし掛けた、その時。
「一つ、気になっていることがあるのだけれど……」
　天吏が、ことりと首を傾げて言った。
「ん？　なになに天吏ちゃん？」
「ずっと気になっていたのだけれど、一体、これは何なのかしら？　これが、鍋？」
「……へ？」
　ものすごく根本的なところへ、変化球的な問いが投げられた！
　武道がぽかんとし、サキリが瞳を瞬かせ、初が目を丸くするその最中。
　天吏は、ごくマイペースに、しかし心底から不思議そうな顔をして言葉を続ける。
「ルールと皆の言動から察するにこれが鍋じゃないかと仮説を立てているのだけれど、間違いないかしら？」
「……ウン、アッテル！　アッテルヨ天吏ちゃん！」
「良かった……なら、この状況の中でこれを食べればいいのね。わかったわ」
　今わかったのか……という言葉が、その場に居合わせた全員の胸を過ぎった。
　よくわからないままハードコースにＯＫを出したのも、なんかもうすごい。
「じゃ、じゃあ改めて……」
「あと、このどてら？　という物は、何のために着ているの？」
　再び、武道の箸がぴたりと止まる。
「わ、わからないでずっと着てたの……？」
「ええ。そういうルールだと聞いたから」
「……天吏ちゃんスゴイネ」
　武道が色々通り越して心底から「すごい」と思って呟く傍ら、
「これを着ると余計にあつくなるでしょ？　だからよ、だから！」
　と、初が焦れたように説明した。
　サキリが、熱い麦茶をすすりながらさらりと言う。
「初、唐辛子追加だね」
「え？　……うそ！？」
「嘘じゃないよ。言っただろう、禁断の言葉を」
　鍋を食べ始める前から、初の取り皿にどぱっと追加される唐辛子。
　涙目になる初を余所に、天吏は感心しきりという調子で頷く。
「成る程、このゲームの意図に沿った服装なのね。その上で脱衣厳禁という罰則の切欠にもなっている……」
　どてらというのはとても合理的な衣服なのね、と、天吏は真面目な声で言った。
　そして、ようやっと鍋の出番である。
　箸で掴んだ白菜を、辛さもなんのそのでさっと口に運ぶ武道。
　次の相手に、速攻で激辛鍋のターンを回す作戦だ。
「えっ！？　あっ、ええっ！？」
　２番手の初が、そのあまりのスピード感に慌てる。
　しかも彼女の箸が掴んだのは、熱々度も食べにくさも上位クラスの豆腐だった。
「急かすから！　急かすからー！」
「ＨＡＨＡＨＡ！　勝負の世界は無情ダヨネ☆」
「そのサイズだと、取り皿に入れないわけにはいかないね、初」
「ううっ……」
　はふはふと、豆腐を少しずつ頬張る初。
　その姿を眺めながら、武道は身体中から汗が噴き出すのを感じていた。
（俺、辛いのは平気だけどアツイのはちょっと苦手なんだよね……）
　デモマケタクナイヨネ！　と武道は次の作戦に打って出る！
「あー、なんかつめたいプールはいりたくなってきた！　さっきのエアコンが効いた部屋にもどりたくない？」
「ちょっと、やめてよ！　なんか余計にあつくなるじゃない！」
　初に睨まれて、武道はにやりと笑った。初の顔がさあっと青ざめる中、
「はい、唐辛子追加」
　サキリが、無慈悲に宣言する。
　何とか制限時間内に豆腐を食べ切ったものの、初の皿はもう唐辛子まみれだ。
「次は、私の番でいいのよね」
　３番手の天吏が鍋から掴み出したのは、真っ赤に染まった肉団子。
　しげしげと肉団子を眺めた後で、天吏は顔を上げて一同を見た。
「これは、何という食材なのかしら？」
「肉団子だね。……赤すぎて、見た目だけじゃ何の肉かわからないけど」
「肉？　どういう風に調理すればこんな形状になるのか、私にはわからないわ」
　もしよかったら教えてくれる？　と、天吏はどこまでもマイペースだ。
　実際のところ、こうして皆と顔をつき合わせての食事とは今まで殆ど縁がなかった天吏。
　故に、今日は目の前の何もかもが興味深くて仕方がない。
　食べ物の温度や触感についても気になったことが今までになかった天吏だが、
「ああ、これは挽き肉を……」
　と、サキリが簡単に肉団子の作り方を説明するのに、ごく真剣に聞き入っていた。
　茹だるような暑さの中、天吏の好奇心や探究心が、刃のように周囲の体力を削っていく！
　結局、天吏が納得して肉団子を食べ終わる頃にはとっくに５分が経過していたが、
「お茶って、生姜を合わせるとこんな味になるのね」
　なんて、ペナルティのぽかぽか茶も全然堪えていない。強いぞ天吏。
「さて、僕の番だね」
　４番目。涼しい顔で、サキリがねぎを口に運ぶ。
　けれど、頬を伝う汗までは止めようがなく、それが何ともうっとおしかった。
（対策として、水分と塩分は開始前に多めに摂取しておいたけど……）
　それでも、流石にこの暑さは苦しいものがある。
　しかしサキリは、この状況を充分以上に楽しんでいた。
　頭の中で、変なスイッチが入ったみたいに。
（やはり、僕は戦いが大好きなんだな）
　そう改めて感じて、サキリは口元に弧を描いた。

「こういうギリギリの状況に追い込まれるのも、悪くないね」
　サキリの微笑を前に、初がものすごく難しい顔になる。
「あんたって……変わってるわね。ちょっと、ポジティブすぎない？」
「おや？　そっちはもう参っているのかい？」
「なっ！？　う、ういだってまだまだ楽勝よ！」
　挑発的な台詞を吐いた後で、初の予想通りすぎる反応にサキリはくすりとした。
　初の闘争心に働きかけて、間接的に応援したい、なんて思っているサキリである。
「ヨーッシ！　次はまた俺のターン！　ってネ！」
　まだまだ気合十分、武道が声を上げる。
　果たして、戦いの行く末は――？