夢でトキメキましょう｜リアクション

夢でトキメキましょう

●王子様争奪！　マラソン大会

　夜空に、司会者の声が響いた。
「レディース＆レディース！　今年もガラスの花嫁マラソン大会が始まりました！　ガラスの靴を履いて、自力でお城までたどり着け！　王子様が手を取るのは貴方だけだ！」
　宝石のようにちりばめられた星々。石造りの美しい街並。煉瓦造りの大通りは遥か先の白亜の城に続いている。通りのスタート地点には、白いドレスを着た多数の出場者。そのわさわさの列の中に、青物といきの姿もあった。

（シンデレラの短縮版かにゃ、これ）
　といきは自分の姿をしげしげと眺めた。女の子の憧れウエディングドレスに身を包み、足には華奢なガラスの靴。なかなかファンシーな姿である。
　周囲は同じような格好の女性達。彼女達の目はらんらんと輝き、意気込んでいるを通り越して殺気立っている。スタートは、間近。といきはひりひりした空気を肌で感じる。
　―――わかるよ、皆王子様に会いたいもんね。
　なぜかといきは知っていた。この煉瓦でできた道の先には王子様……浅井幸太が待っているということを。
　といきは意識を集中させてアップを始めた。絶対に、絶対に先生のもとにたどり着く。それは陸上部としてのプライドもあるけれど。
（せ、せ、せんせいのお嫁さん候補としてのプライドにゃ！）
　負けられない戦いがここにある。アップを終えたといきはひたと前を見据えた。
　ざわめきが消えた。ドレスをたくし上げる衣擦れの音。といきはガラスの靴でしっかりと煉瓦の道を踏みしめる。
「―――スターーーーート！！」
　司会者の号令と共にたくさんのドレスが一斉に駆け出した。

　西洋風の街並を、といきはドレス姿で駆け抜ける。長距離専攻を舐めるにゃよ！
　出場者達の肘の押し合い、どつき合い。ポジション取りに負けてたまるか。陸上は、恋は格闘技だ！
　ボリュームあるドレスに足を取られ、ガラスの靴をすっ飛ばし、出場者達が次々に脱落していく。
　そんな姿を尻目に、といきは順調に飛ばしていく。慣れない格好に、遠い城の姿に息がはあはあと上がる。
（ゆ、夢の世界でも疲れるんだにゃ……）
　霞みそうになる意識をといきはぶるんと首を振り呼び戻す。先生の手を取るのは、私。絶対に……負けない！
　といきは数多の出場者を抜かし、走り続ける。やがて、誰の背中も見えなくなり……城へと続く長い長い階段が姿を現した。

　果てがないかのような階段を、といきは駆け上がる。この先に、先生が待っているはず。ここでガラスの靴が脱げても、先生は拾ってくれない。恋してるなら、自分で勝ち取らなきゃ。
　挫けそうになる心、悲鳴をあげる心臓。歯を食いしばり上り続けるのは、あなたのため。あなたのその、屈託のない笑顔のため。
（―――とは言え、いつまで続くにゃこの階段！）
　ドレスが、重い。さすがのといきも思わずよろけてしまった。と、その手を誰かがはしと掴んだ。
　顔を上げる。目の前で王子の格好をした幸太が笑っていた。
「ゴーーール！　青物選手の優勝です！！」
　パーンパーン！　司会者の声と共に、夜空いっぱいに綺麗な花火が打ち上がった。

「せ、先生……」
　カラフルな花火に照らされながら、疲労困憊のといきは縋るように幸太の手を掴む。王子幸太は微笑むと、といきを横抱きに抱きかかえた。
「ひゃあ、せ、せんせっ！」
　いわゆるお姫様抱っこだ。ウエディングドレスの自分に、王子様の幸太。これ以上ないくらいの甘いシチュエーションにといきは慌てる。しかし幸太は全く照れもせずに、快活に笑った。
「凄いじゃないか、青物！　だいぶタイムが縮まったぞ！」
「……え？」
　かくん、とといきの顎が外れた。……この状況で、それ？！　何という筋金入りの朴念仁ぶりだろうか。でも、でも。
（それが先生なんだよね…………大好き！）

「―――ハイ！」
　幸太の首に両腕を回し、といきは最高の笑顔で答えた。

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