夢でトキメキましょう｜リアクション

夢でトキメキましょう

●束の間のバカンス

「……眩しい……」
　目を閉じても感じる瞼の裏の明るさに、深倉理紗子はそのまま眉をしかめた。理紗子はそれでもしばらくは意地でも目を開けようとしなかった。寝なくては、明日の勤務に差し障る。
　しかしきつく閉じていても光は瞼全体に広がり、理紗子の脳をそのままこじ開けんばかりの勢いだ。理紗子は眠るのを諦め、無駄な抵抗を解き、その瞼を静かに開けた。
　重たい体をゆっくりと起こす。すると熱い外気が肌に直接触れるのを感じた。対照的に吹き抜ける風はどこかひんやりとしている。すぐ近くで波の音が聞こえた。
　理紗子はぼんやりとした頭で周囲を見回す。そこはいつも見慣れたベッドの上の光景ではなかった。
　目の前の風景を構成するのは雲と砂浜の白と、海の青。そこに刺すような眩しい日差しが降りそそぐ。
「南の島……？」
　理紗子は呆然と呟いた。

　理紗子の寝室はこんなトロピカルではないし、そもそもここは屋外だ。挙げ句に寝子島でもなさそうな風景に、理紗子は目を丸くするしかなかった。そしてそのまん丸な目を下に向け、自分の格好を確認する。その目がもっと丸くなった。
　理紗子が着ていたのは水着。それも涼しげな色合いのトライアングルビキニで、腰には薄いパレオが巻かれている。
（やだ、ちょっと恥ずかしい）
　競泳水着ならまだしも、と理紗子はつい思ってしまう。小学校のころから水泳を続けているので、そのタイプなら抵抗がないのだ。競泳水着でもかなり色々見えているのではと思うのだが、理紗子的には頼りなげな布がしっかり谷間を見せながら胸を覆っている光景は、なかなか刺激的だった。
　理紗子は赤面しながら思わず辺りを見回す。しかし自分以外に人の気配はない。誰かの話し声１つ聞こえず、どうやら本当にここにいるのは自分だけのようだった。
　自分のビキニ姿に注目する人がいない事が分かると、理紗子は少しほっとしながら改めて周囲の光景を見渡した。
　白く長く続く砂浜。わき出るような白い雲が青空に浮かび、目の前には遠浅の海がしばらく続く。そしてその奥には深いエメラルドが空と海の境目を教えてくれていた。

　静かな砂浜に座り、心地良い海風に吹かれながら理紗子はしばらくほけっとその光景を眺める。そうしているうちに、理紗子の心はだんだんときめいてきた。
　こんな気持ちはいつ頃感じただろう。
　湧き上がる開放感。理紗子は立ち上がるとパレオを外して砂浜に放り出した。見事な肢体が強い日差しの下に現れる。

　理紗子はゆっくりと海に向かって歩き出した。すぐに透明な水が理紗子の足を浸し、冷たい水温が理紗子の身体に染み渡る。さらに歩き続けると、理紗子の体はどんどん海水に包まれ、やがてそのつま先は砂底にかするくらいになる。そしてとうとうとぷんと体が沈んだ。
　物音１つしない水の世界。すうっとした冷たさを楽しんだ後、理紗子は体の力を抜き、ゆっくりと浮かび上がる。そしてそのまま水面に仰向けになると、すぐに眩しい日差しが理紗子の体を照りつけてきた。

　青く広い海の真ん中で、理紗子は波に洗われるままぼんやりと浮かぶ。
　理紗子はもう分かっていた。これは夢だということを。
　それでも構わなかった。ここでは、私を何も縛らない。何も考えたくない。このまま夢が覚めるまで、水と一体になりたい―――。

＊＊＊＊＊＊＊

　目を覚ました時、あの眩しさはもうなかった。そこはいつものベッドの上。
「……また、現実に戻った……」
　理紗子は小さく呟くと、ベッドから下りる。その時、ふとあの海の浮遊感が体に戻ってきた。
　……現実ではあんな南の島に行く時間なんてないけれど。
（ちょっとしたバカンスだったな）
　楽しい夢を思い出し、ふふと理紗子は微笑む。そしていつも通り出勤の準備を始めたが、その表情はどこか満ち足りているのだった。

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