自動販売機の精｜リアクション

自動販売機の精

●『星と森の雫』の精
　八神修の趣味は読書と勉強である。
　幅広い知識や見聞を広めるには、自分の体験だけでは足りない。先人の教えや最先端の研究に手軽に触れられるのは勉強と読書の醍醐味だろう。

　修は幕末研究書を返却し、法医学の書籍を借りてきた。自宅にもたくさんの書籍は置いてあるが、修は図書館を利用することも多い。
　図書館から自転車で星ヶ丘の自宅に帰る道すがら、修は足を止めた。
（金色の自販機？　しかも、珍しい飲み物が……）
　そこには、あまり見かけることのないラインナップが盛り沢山。
　普通のドリンクも売ってはいるが、『はちみつ梅干しドリンク』やら『青汁オレ』、果ては『ユーグレナヨーグルトドリンク』
　需要があるから販売しているのだろうとは思いつつ、ニッチなドリンク達を修は興味深げに見つめた。
　そして修は一本に見極め、コインを入れるとボタンを押した。

　自販機から出てきたのは、『星と森の雫』なる清涼飲料水。
　微炭酸で甘さ控えめ、スッキリと爽やかな味、というキャッチコピーを修が読んでいると、急に缶からモクモクと煙が湧きだした。
　煙が落ち着いたかと思うと、見るからに仙人！　と言えそうな白い髭を蓄えた老人が目の前に現れていた。
「ご主人殿、わしは自動販売機の精ですじゃ。願いを一つ叶えるためにやってまいりました」
「……これは驚いた」
　表情を変える事は無いが、突然のフシギ現象に修は興味を示す。見た所敵意は感じられないし、何か害を加えてくる雰囲気もない。ただそこに佇んでいるのみ、だ。
「俺は八神修と申します。せっかく出会えたのですし、よければお話、聞かせてください」
　修はその凛々しい顔に笑みを称えながら、杖をつく老人を自然にベンチへとエスコートした。老人は素直にベンチに腰をかけ、口を開く。
「ご主人殿。貴方の願いをお聞かせください」
「その前に、いくつか聞いても良いでしょうか？」
「はい、わしで良ければいくらでも」　
　修は頭に浮かんだいくつかの疑問を老人へ尋ねた。老人も丁寧に修の疑問に答えていく。
　例えば、『なぜ、ここに現れたのか？』との問いには
「世界中にある自動販売機の中で、精霊が出て来れる自販機は一日に一つ。今日は、それがこの地域だったのですじゃ」
　修の頭の中に『当たり付き自動販売機』が思い浮かぶ。
「コーヒーや紅茶はちょくちょく呼び出されてまするが、この爺は……多分、６０年ぶりにこの世界に出てこられましたのじゃ」
　ご主人殿に感謝いたします、と深々を頭を下げる。
「青汁オレとよく、どっちが先に人の願いを叶えるかで賭けをしておりましたがのぅ、どうやらわしの勝ちのようですじゃ」
　ほっほっほ、と目じりを下げる老人。
「60年ぶりの世界……自販機の歴史は長いのですね」
「えぇ、無人で飲み物を販売する機械は2500年前のエジプトに既にあったのですじゃ。………さて。ご主人殿、そろそろ願いを聞かせてはもらえませんかの」
　そうか、願い。修は思い出した。
「そうですね……。強いて言うなら、あなたの話をもっと聞きたいです」
「なんと」
　目を見開く老人に、修は優しく頷いた。
「あなた達の世界のこと、見てきたもの、教えて下さい」
　老人はとても嬉しそうに微笑んだ。

　自動販売機の歴史、そして世界各地への広まり方。修が興味を持って質問を挟めば、話題は尽きることがない。
　また逆に、修の時代の目新しい情報を伝えれば。
「電子マネーに対応すべき、ということですな……！」
　老人は新しい文化に驚いていた。

「素敵なお話をありがとうございます」
　にこり、と柔らかに笑む修に老人は深々とお辞儀をし。また煙となって消えていった。

　帰宅後。
　修は勉強を終え、休憩時に『星と森の雫』を飲む。
　長い歴史を感じながら、爽やかな口あたりを修はしみじみと堪能するのだった。