自動販売機の精｜リアクション

自動販売機の精

●缶コーヒーの精
　玖珂新は当てもなくウロついていた。
　環境を変えようと、両親と共にやってきた寝子島はとても新鮮に感じられる。
　これまで新は、地元ではヤンキー集団のトップとして君臨してきていた。慕ってくれる者も多かったが、その分敵も多い環境。それに比べると、寝子島へ移ってからの生活は驚く程に平穏だった。

　少しでも早く島に慣れるために散策を続ける。
　先日まで冬ではあったが、桜が咲き始めた途端に日差しは明るさを増していき。喉も渇いてきたな、と思った瞬間。
「うわ、眩しッ」
　丁度、新の目に陽光が反射した。族のライトか！？　と身構えるも、視線の先には一台の自動販売機。
　金色に光る自販機は不思議な威圧感を発している。
　新はまじまじと自販機を見るが、メーカー名の記載はない。怪しさに周りを見渡してみるが、他に自販機は見当たらなかった。
（…ま、買えるならなんでもいいや）
　新は缶コーヒーを選んだ。しっかりと冷えた缶の感触が心地良い。
　プルタブを引き起こすと、途端に煙が充満し……コーヒーの代わりに、一人の女性が笑いかけていた。
「ハーイ！」
　あぁ！？　と新は一瞬身構える。
　だが敵意がなさそうな屈託のない女性の笑顔に、新は拳を下ろした。
　その女性はハワイアンダンサーの如く、肌を惜しげもなく晒していた。褐色の肌、そしてエキゾチックな目鼻立ち。美人ではあるが、この状況では見るからに異質だ。
「ハーイ、ゴ主人サマ！　オ願イ、ナンデモ聞クヨー！」
　片言である。
　しかも突然ご主人様呼ばわりされている。
　流石の新もこの状況を夢かと思うのも仕方ない。
「ちょっと待て。あんた誰だ」
「ワタシ、こーひーノ精霊ヨー！　願イ、ヒトツ叶エルヨー！」
（精霊！？　願いを叶える！？　お伽話かよ！？）
　全く状況が把握できない。キレイな姉ちゃんに笑いかけられるのは悪い気はしない、が。
　新はう～ん、と頭を抱えた。
「願い事ってもな、欲っつー欲なんてねぇしよ……どんなん叶えらんだよ？」
「ナンデモ！」
「マジかよ」
「まじヨ！　アナタの髪、全部金髪にもデキル！」
　頭頂部は黒いままの金髪ウルフカットの新の髪型を指差す精霊に、これはファッションだっつーの！　と突っ込む新。
「冗談ヨ、ソレ似合ッテルヨー」
　楽しそうな女性に、新の警戒心も少しほぐれ。
「んーー、じゃあよ、とにかく美味ぇもんをたらふく食いてぇ。こんなんでも叶えられるっての？」
「おふこーす！」
　パチン、と女が指を鳴らす。するとさっきまで自販機前だった風景がガラリと変化した。

　大きな円型のテーブル、更にその中央にはターンテーブル。
　北京ダック、麻婆豆腐、酢豚、海老チリ、八宝菜。豚の角煮エトセトラ。
「中華料理じゃねぇか、すげぇ……」
　思わず唾を飲み込む新。
「好きナダケ食ベテネー！」
　恐る恐る、豚の角煮を口に入れる。とろけそうな豚肉、濃厚な味が口内に広がり……
「美味ぇ！　あー、やべ、これマジうめぇ！」
　一口食べだすと止まらない。勢いよく食べる新の姿に精霊もニッコニコの笑みを浮かべた。
「おい。これ一人で食える量じゃねぇし、おまえも食わねぇ？」
「イイノ？」
　目を見開き驚きの表情を見せる精霊に、おぅ、と力強く頷けば。
「アリガトー！」
　なんだ、お前も腹減ってんじゃん。そう思うと笑みが零れる新だった。

　気づけば、新は自動販売機の前に戻っていた。
「……夢、か？」
　だがしかし、お腹はポッコリと膨らんでいる。とてつもない満足感でいっぱいだ。
　手には、なおも冷たいままの缶コーヒー。
「サンキューな」
　呟きつつ、食後の缶コーヒーを飲む。パッケージに描かれたエキゾチックな女性が
「ドウイタシマシテー」
　笑いながら答えた気がした。

このページにイラストを設定する