自動販売機の精｜リアクション

自動販売機の精

●緑茶の精
　旅鴉月詠は、アーティストである。
　今日もスケッチブックと筆記用具を携帯し、寝子島をアイデア求めて散歩なう。
　運動不足の解消にもなるし、外の刺激を受けることも出来る。月詠の有意義な趣味の一つだ。
　しかし
（そうそう閃きを与える芸術的アイデアも見つからないね）
　小柄な月詠が両腕を大きく上に伸ばした。
　思えば結構歩いてきたようだ。ちょっと一服しよう、と自動販売機の姿を探せば。
（これは趣味が悪い）
　金ピカに光る自動販売機が目の前に現れていた。
（まぁいい）
　ちゃんとドリンクが出てきてくれれば、それでいい。月詠は冷たい緑茶のボタンを押した。
　冷えた緑茶を手に取り、そのペットボトルのフタを開けば。モクモクとした煙と共に、凛々しい雰囲気を持つ和装姿の少女が現れた。
「ご主人様、私は自動販売機の精です。一つ、ご主人様の願いを叶えます」
　丁寧にお辞儀をする精霊だが、どこかツンツンとした雰囲気を感じる。
　そんな突然の現象に、全くもって月詠は驚くこともない。あらゆる現象に理解があり、動じないのが月詠さんである。
「願いを叶える？」
　自分が手に持っていたはずの冷たい緑茶がない。それに気付いた月詠は
「なるほど。ではこうしよう。……冷たい緑茶」
　精霊に向かい、手を差し出した。
　キョトン、と精霊が首を傾げた。
「あ、あの、それは冷たい緑茶が欲しい、ということで……相違ないですか？」
　精霊の問いかけに勿論だ、と月詠は頷く。
「ペットボトルの。甘みのあるスッキリとした味わいの、冷たい緑茶」
　購入した緑茶のキャッチコピーをスラスラと答える月詠の姿を見れば
「か、かしこまりました。ですが、私がご主人様の願いを叶えて消えれば、元の冷たい緑茶に戻ります、よ？」
「そうなのか」
　ふむ、と月詠は口元に手を添えた。
「だとしても、緑茶だ」
「えぇっ！？」
　精霊は凛々しさが崩れた表情で月詠を見た。解せぬ、という表情はまさにこのことだろう。
「お安い御用ですが、本当にそれでいいのですか？」
「あぁ。でも、そうだな、ならば……」

　月詠の願いを叶え。精霊は冷たい緑茶を差し出した。
　そして、紙コップも二つ。
　月詠は冷えた緑茶を紙コップに分け入れた。その一つをはい、と精霊へと渡す。
「君もここで休憩するのだよ」
　あ、ありがとうございます、とか細い声で言う精霊は戸惑いつつも、どこか嬉しそうな表情を見せた。
「あぁ、喉が潤う」
　緑茶を美味しそうに飲む月詠の言葉。それに続き、精霊も喉を潤した。
「本当に、このような願いで良いのですか？」
　何か他にも……と言いだす精霊を、月詠は手で制す。
「私は休憩したいと思い、自販機にお金を入れ、緑茶を購入しようとした。そしたら君が出てきた。つまり、この時点で望みは叶えられていない」
　えぇ、確かに、と精霊が頷く。
「ドリンクの自販機に対して5000兆円出てこい等と望む者はよほど切羽詰っているのだろうが……大半の者は、望みの商品が出てくればよいと思っているよ」
　確かに、と精霊は俯いた。むしろスムーズに飲み物を提供出来ず月詠に迷惑をかけたのか、としょんもりと肩を落とす精霊。
　そんな彼女の姿を視界に入れず、お茶を飲みながら、月詠は続けた。
「望みを叶える君が出てきたことで、私はちゃんと緑茶を飲めた。しかも、こうして２人で分け合い飲むことが出来、君は私と話し相手になった」
　精霊は顔を上げ、月詠を見つめた。
「意図せず、望みが３つ叶ったではないか。ありがとう」
　精霊の方を向き、少しだけ目を細める月詠の表情に、頬を赤らめる精霊だった。
「こちらこそ、ありがとうございます」

　嬉しそうな表情で消え行く精霊。そして残った未開封の緑茶。
　パッケージに描かれた少女の頬は、先程より赤味が差しているように見えた。

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