文（ふみ）書かばや｜リアクション

文（ふみ）書かばや

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「もうちょっとだから動かないでくれな、らぴ」

　日差しを反射して、きらきらと波をさざめかせる海を視界に入れながら、八神修は膝の上の小さな兎へと優しく声をかける。
　日頃からタオルに慣らしていた為、ふんわりとそれが視界にかけられても大人しいままな真っ白なネザーランドドワーフの、最後の足の爪をパチンッと切り終えた。

「よーしよし……えらかったな」

　頑張ったご褒美のおやつは忘れずに。
　手のひらにすっぽりと収まる、長いけれど小さな耳を頭ごと撫でつけながら、その口元へ生野菜を差し出してやる。
　今日を定期的な爪切り日と決めてから、事前に修自身が採取してきたクローバーと、友人からもらったブロッコリーの葉。
　――　段々家庭菜園の腕をあげているような……。今度はスティックセニョール、茎ブロッコリーに挑むとかも言っていたし。
　くれた時の、誇らしそうな笑顔が浮かべばクスリと端正な口形から音が漏れた。
　膝の上では、兎がどちらにも鼻先をふんすふんすと近づけてから、嬉しそうに咀嚼を開始する。その様子を暫し見つめていると修の目にはその姿が、日頃から小動物系と感じているブロッコリーの葉をくれた彼女の姿とダブって見えた。
　こんなふうに思うようになるとは、彼女と知り合った中学時代には想像しなかった。
　家の付き合い、とりわけ、八神の母の方との繋がりでの付き合いで出会った当初は、修にとっては避ける対象となるのは自然なことで。
　変化が起こったのは寝子島に来てから。修も、きっと彼女も、この島と友人たちがいなかったらこんなに信頼のおける間柄にまで発展していなかったかもしれない。

　過去を思い苦笑いを浮かべながら、ふと食べるのに夢中な飼い兎ことらぴに視線を落とすと、自身が詰んできたクローバーの束の中に１つ、四つ葉が混ざっているのを見つけた。
　食べられてしまう前に、さっと四つ葉のクローバーだけ取り出してみる。
　よく『幸運』の象徴とされるそれ。一つ取り上げられたとて全く気にせず、黙々と食べ続けている兎を見やれば、そういえばこのコも『ラッキー＆ハピネス』から名前を付けたな、なんて思い出しながら。

「野菜のお礼も兼ねて、贈ってみるか」

　占い好きな彼女も、こういうのは好きそうだと思いつけば修は兎をそっと膝から降ろす。
　そしていそいそと机の方で作業の準備に入るのだった。

◇　◇　◇

　赤外線から瞳を守るゴーグルを外し、ふぅと息をつく。
　以前にスマホカバーを作った際に、レジンの使い方も教わったことがあったとはいえ、あまり家では作る機会が無かった為上手く出来上がるか少しだけ不安はあったものの。

「うん、綺麗に固まってる」

　薄く細長い長方形の型から慎重に取り外すと、薄っすらと青空意識して色を付けたレジンの中に、先程の四つ葉のクローバーが浮かんで見えた。
　お手製の栞が無事出来上がると、今度は一筆便と封筒を文具入れから取り出して。
　少しの思案の後、文字をしたためていく。
　書き上げた手紙と栞を丁寧に封筒へ仕舞いながら、浮かぶはこれを開けた時の彼女の笑顔。
　修はまるでその笑顔に返すように微笑みながら、こっそりと彼女の家のポストに入れるべく、椅子から腰を上げるのだった。

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