星ヶ丘寮のある一日｜リアクション

星ヶ丘寮のある一日

☆薔薇園

「黒崎教頭、が、視察に来るの？……普段通りで、いいの、かな？」
　緋紅朱赫乃は、髪と同じ色の赤い瞳をしばたかせた。
　小柄で童顔なこともあり、その様子は華やかな名前のイメージからは遠く、小動物のようだった。
「そうだ。怠惰な生活は見せないよう気をつけたほうがいい」
　月詠のアドバイスに、赫乃は戸惑いを見せた。　
「……格別怠惰なことはしていない、つもりだけど……」
　ゴシックドレスが普段着なのはセレブめいているかもしれないが。
　午後９～１０時に就寝し朝５時に起床する赫乃は、起きるとまず薔薇園の手入れをする。
　剪定から水遣りに至るまで、殆どは自分の手で行う。
　午前６時頃に薔薇の花弁を浮かべたバスタブで入浴するけれど、自分の薔薇園の薔薇を使用したものだ。
　食事も質素で菜食メインである。
「視察は、正午以降の……午後に来て、欲しいな」
　赫乃の希望に月詠は答える。
「伝えておくが、何か理由があるのか？」
「あ……生け込みの、依頼がある、ので、いないから」
　生け込みとはフラワーアレンジメントの一種だ。
　店舗などに花等の材料を持って出張し、その場で生ける。
　主に開店前の作業になるので午前中に頼まれることが多いのだ。

　黒崎教頭がやってきたのは、赫乃が帰宅後昼食を済ませ、朝に剪定で取った薔薇をメインにした春のアレンジの習作をしていた時だった。
「ようこそ、いらっしゃいませ、黒崎、先生」
　ゴシックドレスな普段着で出迎えた赫乃は、カーテシーと呼ばれる、片足を斜め後ろの内側に引き、背筋は伸ばしてもう片方の足の膝を軽く曲げた上品な挨拶をした。
「これはどうも。見事な薔薇だね」
　ピンクの大輪薔薇にアイヴィ、オーニソガラム、ガーベラ等を使った、テーブルに置けるサイズのアレンジメントだ。
　本来人見知りで無口な赫乃だけれど、薔薇をほめてくれた黒崎先生をきちんとおもてなししたい、と思う。
　見入っている教頭に、赫乃は言う。
「習作です、けど……よろし、ければ、お持ち帰り、します、か？」
「えっ？　ありがとう。だがせっかくの作品をもらうのは悪いよ」　
「いえ……また、作り、ますから」
「でもやっぱり綺麗な花は女性に相応しい。またの機会に見せてもらうことにしよう」
「……私の、実家から、移設して、きた薔薇園があります、けど、ご覧に、なりますか」
「おお、それはぜひ拝見したいな」

　薔薇園の美しさに、黒崎教頭は感嘆した。
「ほんとうに見事だ……これをみんな君が？」
「お花に、触れている間、は、……幸せ、を、感じ、ます」
　赫乃は静かに微笑み、教頭を送りだした。