星ヶ丘寮のある一日｜リアクション

星ヶ丘寮のある一日

☆視察者と見学者、そして案内役

　休日、八神修は柴犬カーキーと共に走っていた。
　自信がなかった体力が人並みについてきたのは、この毎朝の鍛錬の影響も大きい。
「……ん、あれは？」
　脱いだ上着を手にかけた見覚えのある後ろ姿を見つけ、修は声をかける。
「教頭先生、おはようございます」
「やあ、八神くん、おはよう」　
　爽やかに振り返ったのは寝子高の黒崎俊介教頭。
　影が薄いなどとも言われるが、その若さで器用に仕事をこなし、微笑みを絶やさない紳士である。
「カーキー、ご挨拶だ」
「ワン！」
　賢いカーキーは、修の合図で立ち止まり、教頭に一声挨拶する。
「こんにちは。カーキーくんか。賢いね」
　犬にも礼儀を忘れない教頭に、修は尋ねる。
「教頭先生、今日はどちらへ？」
「ちょうど星ヶ丘寮へ行くところだよ」
「ならご案内しますよ。そういえば、今日は新入生の内覧会の日でしたね」　
「ああ。僕の仕事は別件だけどね……ではそこまでお願いしようかな」
「別件？」
　首を傾げつつ、修は先に立って歩き出す。
「豪華な設備と待遇が、生徒に悪影響を及ぼすんじゃないかって心配する人がいてね」
　教頭は独り言のようにつぶやいた。
「でもこれはオフレコで頼むよ」
「そうですか……もちろんです」
　住んでいると慣れてしまうが、考えてみれば星ヶ丘寮の豪華さは半端ではない。
（そういう懸念がでるのも不思議はないだろうな。だが大っぴらに視察すれば寮生からの反感もあるだろう……なるほど）
　修は教頭の考えを理解した。
　

　新入生が集まる星ヶ丘寮のエントランスで、三宅葉月は異彩を放っていた。
　胸下あたりまでの緩くウェーヴのかかった少し緑がかった黒髪、どこか翡翠を思わせる色合いの瞳。
　どこか作りものめいた、ミステリアスな可憐さと物憂げでアンニュイな表情は、森の精霊を思わせる。
　だが葉月はただ座っていたのではない。
　案内役に指名されて、前日からいろいろと準備し、用意を整えて内覧会の開始時間を待っていたのだ。
　かつての内向的で人見知りな自分なら固辞していただろうが……。
　そんなことを思っていると、受付から声をかけられた。
「全員揃いました」
　頷くと、葉月は立ちあがり新入生たちを見回す。
「ようこそ、星ヶ丘寮へ。初めまして、私は皆さんの先輩になる、案内役の三宅葉月です。今日一日、よろしくお願いしますね」
　一斉に視線が葉月に集まった。
　目礼する者、うっとり眺める者……様々な反応の新入生を見ながら葉月は淡々と話し始める。
「配付された入寮案内を開いてください。まずは入寮に際しての注意事項を説明するわ」
　説明をしながら見ると、ほとんどが富裕層の子女のようだが、中にはごく普通の家の子も混じっている。
（見物客の子たちもそうだけど、入寮希望者の子たちはどんな反応を示すかな）
「では、これから寮にどういった施設や設備などがあるかを見てまわります」
　そう言って葉月は先頭に立って歩き出した。黒崎教頭が最後尾につく。
「星ヶ丘寮は東棟と西棟に分かれています。中央に両棟兼用の食堂などがあります。見学コースですが……」
　振り向いて説明を始めたとき、どこかで見たようなツーサイドアップの少女が目についた。
（……？）
　髪型はいつもと変わっているが、赤い目に白い髪の小柄な少女はやはり目立つ。
　葉月の表情に気づいた少女が、目配せしてきた。
（スルーしてくれ、ということね）
　葉月はその新入生（？）を放っておくことにして、説明を続けた。
「地図は裏表紙にあるわ。わからないことがあったら手を上げて質問してね」
　さっそく手が上がった。
「あの、撮影してもいいですか？　友達に写メ送りたいんですが」
「残念だけど撮影は許可できないわ。また、見学させてもらう家の中のものに触るのも原則控えてね」
　想定どおりの質問にきちんと答える。
　

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