３月の★ハッピーバースデー｜リアクション

３月の★ハッピーバースデー

●２８日

　学校が休みのこの日。春めいてきた青空の下に元気な声が響いている。部活に励む寝子高生達だ。それは陸上部も例外ではなく、第１グラウンドにはストレッチや走り込みなど基礎練習を終えた部員達が、それぞれの種目の練習に入る姿があった。

　練習用のセパレートウエアを着た椎井莉鳥は、走り高跳びの練習を始めていた。何本目かの跳躍を終えた莉鳥は、マットから体を起こしながら小さく首を傾げた。
（何か、違和感がある……）
　背中の筋肉が今１つほぐれてないのかしら。
　莉鳥は自分の助走位置まで戻ると、両腕を抱えるように前に出し、静かに背中のストレッチを始めた。細いが、その無駄のない筋肉のつき方は遠目には少年のようにも見える。ストレッチを終えると、莉鳥はふうと顔を上げた。
　いつもの助走位置。先に見える高跳びのバー。莉鳥はふっと目を閉じた。
　風。風と一体化しなくては。莉鳥は精神を集中する。スピードを殺さず自由に吹き抜ける風になる。青い空に、少しでも近づけるように。
　静かに莉鳥は目を開ける。そして走り出した。

　直助走でリズムを取りながらスピードを上げる。
　第２マークまできたらストライドを大きく取り、重心を落として内傾姿勢。
　手前の３歩はテンポよく。
　そして最後の１歩。スピードは落とさない。勢いをつけて前ではなく上に跳ぶ。
　腕を振り上げ体をリード。その瞬間はバーより少し高めを見て。
　足が離れた。とにかく体を反らなければ。

　ふわり、と莉鳥の体が風に乗る。美しい青空が莉鳥の目の前いっぱいに広がった。
（綺麗……）
　瞬間、ポスンと体がマットに沈む。莉鳥が越えたバーは、全く動くことはなかった。

（うん、うまくいったわね）
　端から見ていても非常に美しいフォームで、会心の跳躍であることは一目で分かった。
　その事は莉鳥も実感したであろう。しかしマットから起き上がった莉鳥はそれを表に出すことなく淡々と歩き出す。と、その肩がぽんと叩かれた。
「調子いいようだな、椎井」
「浅井先生」
　陸上部顧問の浅井幸太が白い歯を見せて笑っている。莉鳥は小さく頭を下げた。
「今のは凄くいいフォームだったぞ。随分バーにも余裕があった。まだまだいけるんじゃないか？　楽しみだな！」
　熱く語る幸太に莉鳥は一言。
「ありがとうございます」
　もう１度ペコリと幸太に頭を下げると、莉鳥は助走のスタート位置に真っ直ぐに歩き出した。ちょっと肩透かし気味の幸太を置いて。
　そう、彼女の頭にあるのは、もう次の跳躍のこと。またあのバーを越えることしか頭にないのだ。風に乗って。

　練習が終わった。莉鳥は手早く更衣を済ますと、他の部員達に一声掛けて先に更衣室を出る。そして北校舎に向かって歩き出した。
（職員室かしら……もしかしたら体育倉庫かも）
　カバンを片手に歩いていると、後ろから声をかけられた。
「帰るのか、椎井。気をつけてな！」
　振り返れば幸太がにこやかに手を挙げている。莉鳥は幸太に向き直った。
「先生。誕生日おめでとうございます」
「あれ、椎井知ってたのか？」
　意外そうな幸太に莉鳥は黙って頷くと、カバンから包みを取り出した。
「これどうぞ」
「え？」
「誕生日プレゼントです。中はチョコなので、口に合えば食べて下さい」
「そうか、ありがとな、椎井。チョコか……先月のバレンタインはそういや飛び交ってたなぁ」
　笑いながら包みを受け取った幸太に莉鳥は小さく一礼。くるりと踵を返し淡々と歩き出した。
「気をつけて帰れよー！」
　幸太は歩いて行く莉鳥の背中に声をかける。そして手元の包みに目をやった。
（何でチョコレートなんだろう……？　ま、それも椎井らしいのかな）
　ふっと微笑む幸太だった。

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