～いぬイヌの国～満開のさくら祭り｜リアクション

～いぬイヌの国～満開のさくら祭り

「すまない、恵御納。頭を……いや、心を冷やしてくる。
　特等席には約束だから向かうが──」
「う、うん……」
　そうして、夕方。八神修と別れた恵御納夏朝は一人になりました。
　向かう道を歩いていると、太鼓とは別に横笛の音が聞こえます。
「(……どうして、あそこまで仲直りをしないのだろう？　何か相当な事情があるのかな……)

　歩くことしばらく。
　そこには樹齢が想像つかない程の、一本のさくらの樹がありました。
　辺りに甘酒が置いてある以外は何も無い、人払いがされていると思われるそれは、とても静かな所でした。

「しょうぐんさま」
「かーさか。適当に座るといい」
　ワンが語尾につかないいぬ皇は、まるで何かが足りなそうでもあり、それともこれが本来なのかもとも思えて。
「(しょうぐんさまも、王さまも……
　もし、話せない事があるのなら……信頼できる相手には、いずれ打ち明けられるといいな……)」
　そう思い、眺めるいぬ皇の姿は、まるで人間そのもののようで──
「(しょうぐんさまは『犬』という漢字を気にしていたようだったけれども……
　いぬねこの国に、『いぬ』『ねこ』じゃなくて『犬』『猫』冠したのは、その区別が出来る漢字が書ける存在なのかな……)」
　『犬』と呼ばれて怒る、という事は。
　２本足で歩く『いぬ』と４本足で歩く『犬』の違いがはっきりしているから。

　──そして、この国に、異界からの来客以外に基本４本足で言葉を喋らない『犬』はいない──

「あの、しょうぐんさま……
　しょうぐんさまは──
　『結界魚』ってご存じでしょうか？」
　──話が逸れた。本当に聞きたいのはそうではない。

　しかし、思慮深い夏朝にそれは確信を持つまで口には出せず。
「結界魚……ずいぶん懐かしい名前だ。あれが良く結界に使っていた。このような所で聞くとは」
「それの調子が悪いって、ねこの王さまが言っていました。しょうぐんさまは何かご存じでしょうか」
　いぬ皇の食いつきに、夏朝の話題は逸れたままですが、そこから少し、平穏ではない話題が飛び出しました。
「……考えられるとしたら、中立共存の会がひずみでも見つけてこじ開けようとしている場合、か。
　あい分かった。結界の維持はアレに任せていたが、こちらからも確認してみるとしよう」
　話は逸れましたが、いぬ皇への夏朝の懸念は伝わった様子です。
　少し安心して息をついた夏朝に、ぽろりと落とすようにいぬ皇は零しました。

「──かーさ。
　互いを殺し合う程の交流に、一体何の意味があるのであろうな」

　その瞬間、花火と共に本格的な太鼓の音が鳴り始めました。

　手で叩けばポコポコ音がする。
　バチで格好良く叩けば身を震わす音がする。
　体全身で飛び跳ねれば、音は鳴れどもトランポリンのように体を崩して、べちっと下に落下する。

「あ痛たたた……」
「大丈夫ですかっ？」
　綾辻綾花が一旦演奏を止めて、岡野丸美の体を起こすのを手伝ってあげました。
「うん、大丈夫～。でも楽しいねぇ」
「はいっ、音が揃うと嬉しいですね」
　こうして、最初はぐちゃぐちゃだった音が、少しずつリズムとして整っていきます。
　同時に、傍らでは……

「何で俺が叩いているんだ……？」
「あら、そんなイイ筋肉してるのに太鼓叩かないだなんて勿体ないんだワァン」
　新田亮がしっかりした体幹をもって、バチを大きく振るいます。
「マァ、いい音っ。ときめいちゃう♪」
「(……どうして、オカマなんだ……？
　先のご老人とならんで、いぬ運が無いのか……！？)」
　思わず意識が遠のきそうになったのを一所懸命堪えながらも、亮は力一杯太鼓を叩きました。
　そこから打ち放されたのは、とてもダイナミックな音の圧力。
「わっ、凄い……！」
　それを見ていた羽生碧南が、好き好んだわけではないけれども体の利では負けていないのだと、半ば乙女の意地で太鼓を全力で叩き始めました──