不思議な「アート」―芸術とは何か？―｜リアクション

不思議な「アート」―芸術とは何か？―

「はーっはっはっは！」

　春を迎えた寝子島の某所で、１人高笑いを上げるのは花椿涼太郎だった。

「春……それは心地よく過ごしやすい季節。そう、僕みたいに！」

　何やら言い出した。

「春……それは生命力あふれる花々が更に僕の美しさを引き立ててくれる季節」

　再度言及しておこう。
　今、花椿は１人である。

「春……最高の季節だよね！」

　無駄にくるくるとターンなど決めて見せるが、何度も言うように、彼は今１人である。
　そんな１人悦に入っている彼のすぐ近くに、アートの妖精が通りかかった。
　……通りかかってしまった。

「……！？　おや、これは可愛い妖精さん」
「ん？　こんにちは、お兄さん」
「僕のまばゆい美しさを一目見るために現れたのかな？　はっはっは、これはご足労ありがとう☆（ウインク）」
「え……っと、ボクは今お腹が空いてて、アートを食べさせて貰ってるところで――」

　困惑する妖精をよそに、花椿はますますヒートアップする。

「アート？　つまり芸術作品だね！　僕にもあるよ！」
「ホント？　見せて見せてー」
「それはもちろん、美しい僕自身さ！」

　自分の顔が一番美しく見える角度でポーズを決めながら、花椿は言い切った。
　……言い切った。

「……えーっと？」
「この容姿の美しさ！（ポージング）」
「お、お兄さん？」
「優雅な所作！（ターン）」
「ちょ、ちょっと――」
「生き様！（胸元から赤い薔薇を取り出しポージング）」
「……」
「僕と言う存在がそれこそアートなんだよ、はーっはっはっは！」

　高笑いする花椿に、妖精は引きつった笑いを浮かべるしかない。

「ちなみに僕はまだまだ美しくなるからね。そう言う意味では未完成とも言えるよね」
「そ、そう」
「あぁ、さらに美しさに磨きがかかってしまう僕……自分の向上心と美しさが恐ろしいよ……！」
「そ、そっかぁ……じゃあ、ボクこの辺で――」

　そそくさと立ち去ろうとする妖精を、花椿はむんずと捕まえて――。

「努力だってちゃんとしてるんだよ？　栄養バランスを考えた食事！　お肌のゴールデンタイムを守った睡眠時間！　しなやかな筋肉を保つための運動！　涼太郎オリジナル栄養ドリンクに美容体操！」
「あは、あはは……はあ……」

　もはや処置なし、と言った感の妖精だったが、そのお腹が可愛らしくきゅうと鳴いた。

「……え？　あれ、どうしたんだい？」
「言ったでしょ？　お腹が空いてるの」
「お腹が空いた？　うーん、何か食べられるもの持ってたかな……」

　手持ちの荷物を漁る花椿。

「ボクの食べ物はアートなの。普通の食べ物じゃないんだよ～」
「え？　アート？　つまり、僕？　そりゃあ美しい僕を食べたくなる気持ちはわかるけれど……」

　何やら怯えるような仕草を見せる花椿。

「い、痛くしないなら、少し齧る位なら…！（びくびく）」
「遠慮しときます！」

　妖精は力を発動した。

「むむ、これは！？」

　花椿が見たのは、美しさ２００％増しの自分の姿だった。

　いや、ことわっておけば、花椿はもともと美形なのだ。
　優美で上品、艶かしい笑みを浮かべる典型的な王子様ルックス。

「美しい！　さすが僕！」

　ただ、行動が非常に残念なだけで。
　自分に見惚れて花椿の力が抜けた隙をついて、手から逃れる妖精。

「あー、びっくりした。アートと言えるかは微妙なとこだけど、あの美学は大したものだなあ」

　お腹は減ったけど、とこぼしつつ、妖精は次のアートを求めて旅立った。