めがねびよりっ！｜リアクション

めがねびよりっ！

「特に視力が悪い、というわけじゃないけれど」

青山絢は旧市街を歩きながら心のなかでそう呟く。
演劇部に所属する彼女は、髪型や服装を変えることで自分の印象が著しく変わることを知っている。
それは、高名な写真家を父に持ち、自身も一度は写真家を目指していたから。
その経験から、被写体がほんの少しの変化で同一人物とは思えぬほど変身することを知っている。

……前置きが長くなった。
要は、おしゃれのひとつとして、
また芝居の時に使える小道具として眼鏡が欲しくなったなー、といういたってシンプルな理由。
その目的を果たすために旧市街にある『浅葱眼鏡店』へ足を運んだ。

「……いらっしゃいませ」

来店した絢に対して、店主である浅葱あやめが小さく頭を下げた。
絢はつられるように小さく頭を下げる。店内には様々な種類の眼鏡が綺麗に陳列されている。
彼女にとって初めての店――店に限らず、初めて行くところなら全て――に入るときには、なんだか緊張する。

それは、その場所が特に変わったところはなくとも、
絢にとって未知の世界であり、そこで起こるのは未知の出来事だから。
だがその緊張感は嫌いではない。
ちょうどそれはファインダーを通じて被写体を見るとき、
あるいは台本を通じて自分が演じる人物と向き合うときによく似ているから。

しかしフレームの種類が豊富で、絢はどれを選ぶべきかなかなか判断できずにいた。
その様子をみて、あやめが声をかける。

「……本日は、何をお探しでしょうか……」

絢は来店の目的を簡潔に話した。
あやめは彼女を観察しながら、似合う眼鏡を頭のなかで思い描く。
顔の輪郭や目の形など、あらゆる点から模索する。

（……アンダーリムか、オーバルフレーム……このあたりが似合いそうだが……）

あやめは棚に移動するとその２種類をメインに数点、そして他のフレームもいくつか持って絢のもとへと戻る。
彼女はそれらの色や形を確認しながら、鏡で何度も自分の姿を見る。
確認するのは顔周辺だけではない。
いま着ている服との相性や、他の服だとどんな感じだろうか、といったところまで及ぶ。

絢は慎重に吟味した上で、淡い青色のアンダーリムと、ブラウンのオーバルフレームの２つに決めた。
落ち着いた色合いは服と合わせやすいし、２色あれば小道具でキャラクターを使い分けるのに活かせるだろう。
それらのフィッティングが完了すると、あやめは丁寧に袋に入れ絢に手渡した。

絢はこれらが自分の印象をどう変身させてくれるのか、それを楽しみにしながら店を後にした。

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