おひとりグルメさんぽ｜リアクション

おひとりグルメさんぽ

■黒き蜜のエクスタシー
　ほしびと、アケーチ・タッマーキ。通称『明智』。
　公園のベンチに腰掛ける姿には、どこか西洋の絵本めいた美しさがあったものだが。
「はァ……エクスタシーが足りない」
　変態だった。
　両手で顔を覆って身体をくねらせるアケーチ。
「甘くとろける快感が、絡み合う恍惚が、アァ……タリナイッ！」
　軽く白目をむいて海老反りかましたあたりで、はたと我に返った。
「いえ、不足を嘆くばかりでは始まりません。自らの足で、探しに行かねば」

　ここは寝子島。
　異界と現世の交わる土地。
　アストラルタワーよりやってきた（けど記憶をどっかに置いてきた）ほしびとアケーチのグルメさんぽが、今始まった。

　カレー。
　ちがう。
　ラーメン。
　ちがう。
　眼鏡。
　これもちがう。
「ふうむ、甘くとろける食べ物……ありませんねえ」
　軽く握った左手を顎に添えるさまは古代ローマの彫刻を思わせたが、ゆうても変態の所行である。
　優雅にふわふわと歩きながら、彼は彼なりに甘そうなお店を探し歩いた。
　歩いて歩いて、そして見つけたのが……。
「あんみつ」
　声に出してみると、なんと甘くとろける言葉だろうか。
　全く知らない国で聞いたことも無い単語のなかにこの響きがあったら、まあ大体は甘くとろけるなんかだろうなと想像するような、よき響きである。
「確か白玉粉と水をこね合わせゆで蒸したものと小豆と砂糖を混ぜ合わせよく溶かしたものをそれぞれ美しく添え溶かした黒砂糖をかけたもののはず」
　知ってんじゃねえか。微妙に違うけど大体知ってんじゃねえか。
「ふむ、しかし食べた経験はありませんね。早速試してみましょうか」

　店の雰囲気は寝子島ならではの、おだやかでちょっと先進的な、そしてどっかしらネコっぽい店である。
　『にゃんみつ』とかいう白玉に猫耳くっつけたメニューがあるくらいは、ご想像のままである。
　そんな中でアケーチが注文したのは。
「店主、あーんをしてくれるサービスを」
「は？」
「え？」
「ん？」
　口ひげをたくわえたおっさん店主が、まるで理解の及ばない顔で首を傾げた。
　アケーチもアケーチで悪気ゼロパーセントのダイエットコーラみたいな顔で首を傾げた。
「にゃんみつを」
「かしこまり」

　やがて。
「あァ、これがあんみつ……」
　やってきた白玉あんみつを前に、アケーチはうっとりと両頬を押さえた。
「みずみずしくもぷりっぷりなこの、アァ、この……！」
　言葉を失ったようで、手元の黒蜜をそっと手に取る。
　白く美しい表面を、黒くとろりとした液体が広がっていく。
　どこか恍惚とした感覚に震えながらも、アケーチはスプーンを手にした。
「では、早そ――ハァァァァンッ！？」
　口に入れた瞬間に白目を剥いてのけぞった。
「シッ、至福の極みィッ……！」
　のけぞったままガクガクと震え、一瞬でもとの美しいフォームに戻った。
「寒天の弾力に黒蜜のコクのある甘さが喉に絡みつき白玉のもっちりとした感触が追ってくる、実に美味――そう！」
　スプーンをくわえ、自らを抱きしめながらぐねんぐねんと身体をひねる。
「まるで私のヒップのごとっく！　ハァーンッ！」
　しばし、周囲をどん引きさせながらアケーチの悶絶は続いた。
　次はパフェに挑戦してみましょうかとは、アケーチの弁である。

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