●ループ：０５・寝子島高校の入学式……講堂（３）●


【講堂：１階席】

　ここで少し時計の針を戻して、講堂の様子をもういちど見ていこう。騒ぎを起こした志波 武道と恵御納 理沙が教師たちに捕まって、ステージから降ろされた直後からだ。
「残念〜！　入学式をはちゃめちゃ楽しく？
　したかったけど……ここまでね〜☆」
　とあくまでマイペースに手なんか振りながら、退場していく恵御納 理沙に、２人を連行中の桐島先生は、じろりと厳しい目を向ける。けれども一部の新入生には何故か大ウケしたみたいで、
「とっっても面白い演し物でしたわ！
　お２人とも、おつかれサマーバケーションですわ〜！」
　とか何とか言ってる１年生もいた。春なのに。桐島先生はエヘンと大袈裟な咳払いをしてから、雨宮校長にマイクを返し、ざわついている会場に向かって告げる。
「えー、不審人物による式の妨害がありましたが、
　このまま入学式は進行いたしますので、ご安心下さい。
　……失礼しました、校長」
　ほっほっほっ、と壇上の校長先生は全然気にした様子もなく、
「構いませんとも。かの哲学者シトラス・ガムダンは、こんなことを言っていたそうです。
　──この世で最も恐ろしいのは『始める』行為を怠ることだ。
　もしかしたらもうすでに彼らは、何かを『始めて』いるのかもしれませんね……？」
　と武道たちに向かって、思わせぶりな（だけの）ウインクをする校長先生。
　一方、しょっぴかれたその志波 武道は、理沙と共に講堂の隅へと連れて行かれてしまい、内心焦っていた。
（しまった、部外者だから、外へ叩き出されるだけと思ったが……
　このままだと、俺が脱出できないＹＯ！）
　厳しい取り調べの目付きで桐島先生が、武道の前に立ちはだかってこう言い渡す。
「吉田先生の報告によると、式を集団エスケープした生徒の１人が、
　君を兄だと言っていたそうだな。見たところ我が校の生徒ではないようだが、
　一体どういうことなのか、詳しい事情を聞かせて貰おうか。さあ！」
　危うしピンチだ、未来の寝子高生徒会長！


「……ハッ！？　いけません、ついうっかり楽しんでしまいましたわ。
　私も脱出しなければなりませんでしたのに！」
　今度は青山 絢の後ろの席から、そんな声が聞こえてくる。絢がそちらを振り向くと、白い髪の少女がステッキ片手に、何だかやたらと慌てている。絢とは同じ１年６組の、上下 左右だ。
「あなたも、この入学式から脱出したい人？」
　さっき式からエスケープした瑠奈とのやり取りを思い出し、単刀直入にそう絢が訊ねる。「そうですわ〜」と左右もすぐに頷き返して、
「外では校舎が浮いて、大変なことになっているそうですわね。
　私のろっこんなら、きっと何かのお役に立ちますわ〜」
「そう……」
　絢がそう呟いて、思案げな表情になる。さっき騒ぎを起こして連れていかれたあの生徒会長も、絢には脱出したそうな様子に見えた。でも瑠奈たちを逃がすために、自分は泥をかぶったのだ。
　その結果、彼は今捕まっている。そしてここにもまだ、講堂からの脱出を望む生徒がいる。
（私のろっこんは戦闘向きじゃないから、
　落ちてくる校舎をどうにかできたりはしないけど……でも）
　それでも、この自分にもできることが、何かあるのではないだろうか？
（今度はきっと、私の番）
　壇上でシトラス・ガムダンの長話を始めた校長を見上げ、それから絢は自分の席からゆっくり立ち上がった。



【講堂：天井付近】

　ふと気が付くと春山 小枝は、１羽のスズメになって講堂の天井を飛んでいた。ちゅんちゅん。
『ちゅん？（……むや？　なんか変？　あっ私、眠ってまた動物に憑依しちゃったんだ！）』
『カアー（おっと……そっちも、もれいびのお仲間か？　びっくりしたぜ！）』
　そして、その天井の梁にはもう１羽、先客のカラスが止まっていた。
『ふっ……俺だぜ、山田だぜ！』



『変身してても、オレってカッコいいだろっ？』


　こちらは、ろっこん【腹ぺこガラス】で変身中の、山田 勘三郎だ。式に参加していた山田は、さっきの騒ぎをこれ幸いとカラスに変身し、とりあえずここまで飛んできたのである。
　一方の小枝は、眠ると自動発動するろっこん【ちいさきもののゆめ】の能力で、偶々講堂内に迷い込んでいたスズメに、意識が乗り移ってしまったらしい。見れば、はるか下の自クラスの席で、むにゃむにゃと舟を漕いでいる、自分自身の姿が見えた。山田もどれどれと、そのパイナップル頭の本体を見下ろし、
『入学初日に入学式でお昼寝とか、なかなか豪傑だな春山……』
『うぅゴメン……えっ？　今日って、入学式なの？
　ていうか、私なんでここにいるんだっけ……？』
　ループ早々寝ちゃっていた小枝は、クローネの話を聞いていなかったのだった。山田から事件の概要を教えて貰い、三羽烏の１羽・ハチドリのハッチが、クローネの命令でここに校舎を落とそうとしている──という話を聞かされた小枝は、
『わわっ、とんでもないことになってるんだね……
　ていうかハッチくん、私が第１女王様って言ったのに！
　クローネさんの方の言うこと聞くなんてひどい！（ぷんすか）』
『お、おう……？』
　ハチドリの女王様の座をカラスの神様と争う女子高生、とかこう説明してみると何のこっちゃだけど、ハッチのドＭな性格のことは良く知ってる山田は、とりあえずそこはつっこまないでおく。


　それから、気を取り直したスズメ小枝が、山田にこんなアイデアを話した。
『じゃあじゃあ、私がハッチくんに憑依して、その校舎を安全に着陸させるよ。
　聞いたんだけど、私ってハッチくんに乗り移れば、
　ハッチくんの引力ろっこんも使えるんだって！
　だから憑依できさえすれば、きっと校舎の落下も防げると思うの！』
『ふむふむ、成る程な！　いい案なんじゃねぇか？』
　小枝は色々あって今まで、ハッチには２回憑依した経験がある。過去の実績を踏まえても、現実的なプランと言えた。ただそれには能力発動の都合上、空にいるハッチのすぐ近くまで行く必要がある。
『この講堂の中だと、近くにいたこのスズメさんに
　憑依するのが、せいいっぱいみたいだから……
　だから１回元の本体に戻って、私もこの講堂から出ないとなんだ』
『おっしゃ、分かった。そういうことなら、俺もその脱出に協力するぜ！
　俺もどのみち、ハッチとクローネの所には行くつもりだったしな』
　これで、この講堂からの脱出を望むメンバーは、武道と左右、山田と小枝の４名になった。
　そしてこのタイミングで、また下のステージの方が騒がしくなった。
　２羽がそちらを見下ろすと、１人の女子生徒が壇上に駆け上がり、またしても校長のマイクを奪っている。そしてやおら校長先生に指を突き付けると、全校生徒の前で彼を糾弾（？）し始めたのである。山田と小枝の２人は顔を見合わせて、
『あ、あれは……？』