せんせいといっしょ：五十嵐先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：五十嵐先生編

　廊下で五十嵐尚輝先生に声を掛けられた時、優木遥斗は反射的に頭を下げた。
　常から目上の相手には一礼を欠かさない遥斗だが、本日のそれには別の意味もあり。
「すいません、あれでも自分としては良くできたほうなんです」
「……何の話、でしょうか？」
　五十嵐先生が不思議そうに声を零すのに、遥斗はやっと顔を上げた。
　遥斗は、他者との対話を苦手としている。
　だからこそ、五十嵐先生の黙々と自身の研究に没頭する姿勢には好感を抱いていた。
　ただ、あまり化学の試験結果が奮わなかったものだから、咄嗟に謝罪せずにはいられなかったのだ。
「あ、いや……」
「星を見に行きませんか、と言おうとしたんですが」
　決まりの悪さに首の後ろを掻く遥斗へと、五十嵐先生はぽつぽつとそう言った。
　気が抜けてしまって、声もなく、素直に頷く遥斗。
「では――」
　五十嵐先生が、ごくマイペースに星見について説明をし始めようとした、その時。
「あれ？　優木君に……五十嵐先生？」
　遥斗の大きな背中の後ろからひょこりと顔を出したのは、恵御納夏朝だ。
　用事があって学校に顔を出した帰り、遥斗の後姿を見かけて声を掛けた夏朝である。
　しかし、遥斗と話している相手が五十嵐先生だったとは思わなかったらしく、
「ええと、お邪魔しちゃったかな……？」
　なんて、夏朝は仄かに眉を下げる。
「いや、邪魔ということはないと思う」
　遥斗が夏朝へとそう告げれば、五十嵐先生が同意するように頷いた。
「今、星を見に行かないかと誘われていたところだ」
「星を？」
「ええ、九夜山で。恵御納さんも興味があれば、是非」
　呟くような声で、五十嵐先生が夏朝にも誘いを掛ける。
　そのまま淡々と紡がれる説明を耳に、夏朝の瞳が、まだ見ぬ星を映したように煌めいた。
「星見、僕も一緒に楽しみたいな」
　夏朝がそう応じた時、廊下をまた、通り掛かる者がひとり。
「……五十嵐先生？」
　対人関係において受身であることが多い青山絢だが、その時はつい声が漏れた。
　３人の周りの、どこか楽しげな空気が、そうさせたのかもしれない。
　けれど、やはり名を呼ぶ以上のことはできずにいた絢へと、
「ああ。青山さんもいかがですか、星見」
　と、五十嵐先生は遥斗と夏朝にしたばかりの説明を繰り返した。
　部活は休みながら、図書室へ本を返す為に寝子高を訪れていた絢。
　代わりに新しく借りた本を胸に抱えたまま、彼女は頭の中に思い浮かべる。
　見た目も中身もインドア系の五十嵐先生が、九夜山へ星を見に行く姿を――。
（……駄目ね、上手く想像できないわ）
　星を見るにしたって、校舎の屋上から天体望遠鏡で手っ取り早く、の方が似合いそうだと絢は思う。
　そもそも、五十嵐先生は九夜山を登ることができるのだろうか？
（大丈夫なのかしら……正直、余り体力とかなさそうな印象だし……）
　考え出すと、色々と気になることがないではない。
　思案げな絢とは対照的に、夏朝はわくわくと胸を弾ませた。
（不思議な話か……。皆の話も気になるし、僕は何を話そうかな……？）
　五十嵐先生とは、授業以外ではあまり接したことのない夏朝である。
　一体どんな夜になるだろうかと、夏朝は数多の星が煌めく九夜山へと心を飛ばした。

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