足の痺れた日。｜リアクション

足の痺れた日。

７　乙女ゲーマーは負けない！

　春休みのある日、羽生碧南は桜花寮の自室で乙女ゲームに没頭していた。同室の子は本土の実家へ帰省中で、今日は一人だ。自分も今度、鎌倉の父方の実家に身を寄せている家族に顔を見せに行くが、それは別の日の話で今日はこれから一日、好きなことができる。
　乙女ゲームを始める前はバスケ部の朝練があったのだがそれも終わり、シャワーを浴びてさっぱりした碧南は、お気に入りのＴシャツを着てテレビの前に正座していた。
「今日は皓のルートを完クリしたいなー！！」
　髪にはまだ湿り気が残っていたが、あとは自然乾燥に任せて彼女は新作乙女ゲーム『幻想恋鎖』（初回特典付き限定バージョン）の電源を入れた。
　オープニング画面には、タイプの違うイケメン達が並んでいる。下画面に映っているのはイケメン達の名前で、うち二人の名前の横には「クリア」の文字が光っている。
　碧南は名前の横に「ロード」と書いてある「松任谷皓」を選んだ。皓は主人公の従兄で、かなり近しい関係であるという設定なのだが意外と手ごわい。医大生でインテリだというところが、なかなか内面を掴みきれなくて難しい。
（……もしかすると、本命より難しいんじゃない？）
　ついつい熱くなって、全裸待機もとい正座プレイで眦を決して画面に向き合い、指先は貴重品を扱うがごとくに慎重に選択肢を選んでいく。
　彼女の視線は、もうゲーム画面しか映していない。その様子は、まさに真剣。
　バスケのコートの上に立つのと同じような緊張感を持って、碧南は皓の心を想像し、ぽち、ぽち、と決定ボタンを押してストーリーを読み進めていく。
「あ、足が痺れてきた……」
　数時間が経ち、終盤になってきたあたりで碧南の足が痺れてきた。足の先の血流がめちゃくちゃ悪くなっている。だが、ここで足を崩すわけにはいかない。
　正座をやめたら、気合も抜けてゲームオーバーになってしまう。
　そうは思うが、この「足の痺れ」というやつはゲーム攻略よりさらに難関だった。痺れに意識が行って、集中力が落ちていく。
　攻略もいよいよ佳境だ。ここからが大事なところだっていうのに、痺れが……！
　ビリビリ。
　ビリビリ。
『……ごめん、俺にはミナちゃんが妹にしか思えないんだ』
「あっ……！」
　どこでミスったのだろうか。結ばれることのないまま、テレビ画面にエンドロールが流れ始める。
「……………………」
　悲劇のどん底に落ちた碧南は、まだビリビリする足と共に凹みの極地に陥った。数秒間、何も考えられず、目から光が失われる。
　ビリビリ。
　ビリビリ。
　だが、足の痺れという刺激が彼女をどん底から復活させた。
「ぐぁああぁぁ……こ、こんなことで負けてたまるか！」
　めげずにコントローラーを再び握り、碧南は再攻略を誓うのだった。

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