キミの成長試験｜リアクション

キミの成長試験

　日頃の成果───それは、何かをしていれば意識するもの。
　新田亮は、最近テコンドーを始めたからか、そう思う。
　テコンドーは今でこそ韓国の国技だが、ルーツは空手にある。空手よりも多彩に蹴り技があり、足技の習得をするならテコンドーと思った亮はこの道場の門を叩いた。

（ボクシング、柔道とはやはり違う）

　例えば、防具。
　柔道は防具を着けない。ボクシングもグローブ以外だと頭部には着けるが、それはスパーリングの時だけ。テコンドーとはそこが違う。
　技の一つ一つも同じものはなく、格闘技を学ぶには丁度いい。

（どんな状況でも対応できる様になりたいしな）

　最近は何かと物騒で、不測の事態がいつ起きるとも限らない。
　その為に学ぼうと思っただけで、試合に出るつもりはなく、その旨は道場の門を叩いたときにも伝えてある。けれど、目的あって道場の門を叩いたからには、日頃の成果というものは気になる。
　だから、今日師範が一人一人見るというのは、非常に嬉しい。

（次は俺の番か）

　防具を着け、前の門下生が終わるのを待つ。
　テコンドーは単純に肉体的な訓練を重ねて如何にかなるものではない。力の理論を把握する必要がある───師範が常日頃から言っている事だが、その力の理論をどこまで自分の身に落とし込めているかは、やはりこういう機会に見てもらったほうがいい。一種のテストなのだから、自分が何処まで成果を出しているか実感したい。
　亮は自分の番になり、師範の前に立つ。

「次は、新田くんですね」

　穏やかで優しい性格をした師範だが、甘い性格ではない。
　テコンドーを教えるときは丁寧な口調からかなり辛口の言葉を言い放つのは、門下生の誰もが知っている事。
　向かい合う先の師範はキックミットを構えており、蹴りを放つ様に指示を出す。

（前は足が思う様に上がらなくて弱い蹴りだった）

　体が硬く、攻撃距離と速度が出せなかった。重心が高くなったためにバランスが取りにくいのもあった。重心の移動は打撃の瞬間に全体重を乗せる意味でも重要で、できないと力を注ぎ込みきれず、十分な攻撃にならない。
　それらを踏まえ、柔軟体操と片足立ちを日課に加え、力の理論を落とし込む努力をしていた。

（さて、努力の成果は出るか）

　呼吸を整え、自身の肉体へ集中していく。
　狙うは、師範の構えるキックミット───

「せぇいっ！」

　声と共に師範のキックミットへ蹴りが吸い込まれていく。
　師範はびくともしないが、以前よりは蹴りを放ちやすくなった気がする。

「日頃からきちんとしているようですね。まだ改善すべき場所はありますが、だいぶ良くなりました」
「ありがとうございます」

　評価としてまずまず……開始の段階を思えば、上々と言っていいだろう。
　師範を揺るがす程ではないが、体に残る感触は以前よりもずっといい。体勢も崩れなかった。

「注意すべきは、呼吸や反動力でしょうか。呼吸のタイミングや自分だけでなく相手の力を利用するのは、テコンドーだけの話ではないと思います。意識してみてください」
「有難うございます」

　褒めた後は今後の課題をしっかり言ってくる師範に、亮は丁寧に頭を下げる。
　現状で満足するつもりはないから、この師範が言ってくれる事は本当に有り難い。

（成果が出ていたな）

　家路に着く最中もその事が頭に浮かぶ。
　まだまだだと思うし、これからも挑戦していきたい。
　けれど、日頃の成果を実感できる結果は良かったの一言で、今日は充実した一日になったと思う。
　と、すれ違い様にアイスという単語を耳に拾い、亮は考えた。

　今日の自分を労おうか───亮もまたアイスを買うため馴染みの店への道まで急いで歩いていく。