桜の雨が降る前に｜リアクション

桜の雨が降る前に

　寝子島中学の卒業式は、その年によってカラーが大分違う内容になっている。
　それは生徒の自主性を重んじ、彼らの提案を柔軟に受け止めているからなのだが、今年の生徒たちは比較的真面目な性格が多かった為か、やや格式ばったくらいの一般的な式典になった。
　桜にとっては呆気ないと感じられてしまう程に——。
　
　式の終了後、各クラスの担任教師たちは一度職員室に集まる為、卒業生たちに自由時間が与えられた。
　３組では、桜がクラスメイトと学生特有のダラダラした適当な会話を続け、頭の隅で先ほどの式について特別な感動も覚えなかった事に違和感を感じていた。
（小学校の時もこんなだっけ……？）
　そんな風に思っていた時、教室前方の扉が開いて担任の川村先生が入室した。
　川村先生は教師らしい態度で生徒たちを一度落ち着かせると、持ち前の明るさでまた盛り上げて、最後の交流の時間を設けた。
　生徒たちは先ほどの取り止めがなかった会話に先生を交え、寄せ書きや写真撮影を何度も繰り返す。桜も内側に整理のつかない感情を持ちつつだが、仲間へ向けてイラストつきのメッセージを書いたりと、明るく振舞っていた。

　＊

　どの教室も似たような雰囲気である。
　思い出が溢れる１組の教室で、衿花は一番大人数での会話の輪に加わっていた。
　寝子島中学に通う生徒の大半が、寝子島高校に進学するのは衿花も知っていたが、家庭の事情や勉学や就職の為に、別の道に進むクラスメイトもいるらしいと聞く。
（あの時話しておけばよかったって、後悔しないように）
　衿花はこの最後の機会にクラスメイト全員と話して、「また会いましょう」と伝えておきたいのだ。

　＊

　４組では、慶介が友人との会話を終えたタイミングで、白を見かけると、そっと声をかけた。
「さっきの式の最中なんだけど、変に声かけちゃってごめん。
　後ろの方気にしてたみたいだったから、どうかしたのかなって思って……」
　あの時は大丈夫と言われたものの、白はその後も保護者席を気にしていた。繊細な部分に心配げな声音で触れる慶介に、白は感謝を込めて微笑んだ。
「……海外赴任中でここにいるはずのないお父さんが、私を驚かせるためにこっそり参加してくれているんじゃないか、なんてちょっと期待してしまっていたからなんです」
　しかし保護者席に居たのは、当たり前に、母だけだった。母とそっと手を振り会えたのは嬉しい出来事だったが、やはり三年間の晴れ姿を父にも見て欲しかったと言う気持ちが残った。
「でも残念な思い半分、
　もうすぐ高校生なのだから、駄々をこねるようなことを思うのは、子供っぽくて少し恥ずかしいかな……」
「そんなことないよ」
　慶介は白を思いやる気持ちと共感で、少し食い気味に言う。
　長いようで短かった三年間を終えることに不安はないが、この制服と校舎、中学生の身分とはここでお別れなのだ。慶介にも心寂しい気持ちはあった。
「少し違うかもしれないけれど、俺も４組のクラスメイトとまとまって過ごすのもこれが最後かぁってさっき思ったら、今世の別れってわけじゃないけど、なんか寂しいっていうか、切ないっていうか」
　慶介が必死に言葉を紡ぐ間、白は教室を見回してみた。
「……そうですね」
　皆と過ごしてきたこの教室での日々は、これで本当に終わりなのだと考えると、慶介に強く頷けた。有り得ないと分かりつつも密かに期待をしていたのも、この別れの切ない空気の中にあったからこそだ。
「私たち卒業するんですね」
　実感を込めて言う白の視線が遠くを見ているのに気づいて、慶介も彼女に倣った。二人が見ているのは、これから数十年と続いていく道だ。
「先輩もこういう気持ちを乗り越えて次に進んでいったんだなぁ……。叔父さんも、父さんや母さんも、そうだったのかな？」

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