桜の雨が降る前に｜リアクション

桜の雨が降る前に

　朝のホームルームは妙にソワソワした空気のなか、必要事項の伝達だけで終わった。卒業生たちは担任教師たちに急かされるように廊下に並ばされ、在校生から胸花をつけられる。
　あれよと言う間に体育館に入場が始まっていた。

　まずは１組。
　卒業式の定番クラシック音楽ヨハン・パッヘルベルのカノンに合わせた厳かな足取りで、貴家衿花はきちっと並べられたパイプ椅子の中をいく。
　予行のときに杉村校長先生が熱心に説いたように、今日の卒業式には来賓や家族たちが見にきてくれている。
　そんな人たちに見せる為——、だけでなく後輩たちの見本になるように。来年はあなたたちがこうするのよと言えるように示してみせた。

　続いて２組は、不良生徒に厳しいことで有名な武田先生の受け持つクラスだが、外見が派手な新江天懸や、ギャルっぽい三宅ゆりなど個性的な生徒が所属している。
　いつもならここに一際目をひくであろパトリシア・プロウライトの犬耳の帽子があるのだが、流石に今日は被っていないようだ。
　先に椅子の前にたどり着いていた天懸は、列の途中にいるパティの頰が膨らんでいるのに気がついて何事かと動揺する。
「せっかくだしマルクにも、パティさんのかっこいいところ見てもらおうと思ったのに！」
　パトリシアが近くまでくると、彼女の口からそんな声が聞こえた。
　マルクとは——クラスメイトたちが知っているか定かではないが——、パトリシアのろっこん能力によって彼女の犬耳帽子に宿る男性の人格の名だ。
　今朝もパトリシアはいつもと同じように「パティさんとマルクは仲良しです」と連れて行こうとしていたのだが、式典だからと周囲からNGを食らってしまった。
　パトリシアとしては逆に、大事な日なのだからこそマルクに見てもらいたい気持ちがあったので、ギリギリまで粘り、最後に「ねえ、ほんとにだめー？」一押しもしてみたものの、結果は彼女の根負けである。
「むむーっ」
　今も納得がいかない様子でむくれていたが、ゆりが「パティ！」と小声で呼んで、武田先生の着席の合図を教える。
（あわわ、シャンとしなきゃ！）
　パトリシアが慌てて背筋を伸ばしたところで、そちらに気を取られていた天懸も皆につられて膝を折った。

　３組の入場が始まると、その列の中に組み込まれている桜は、すぐに母水上加奈子の姿を見つけて、もの想いに耽っていた。
　彼女の一家は大手都銀勤務の父水上信吾の転勤で、海の向こうはニューヨークへ移り住む事になっている。
　あちらの学校に合わせる関係上、母と弟は一学期までは寝子島にいるが、その後は寝子島高校に進学する桜と三人は、数年間離れ離れに暮らす事になるのだ。
　中学校から飛び立つ桜にとって、この卒業式は家族からの巣立ちの意味も持っていた。

　そして最後に入場した４組の生徒たちが、次々と席の前に立ち始める。
　今年度で退職する志村先生が慣れた様子で誘導しつつ生徒たちの晴れ姿を見守る間、藍川慶介は青倉白がチラチラと後方を見ている事に気がついた。
「どうしたの？　何かあった？」とこっそり聞いてみたが、白は「大丈夫です」と言って、すぐに志村先生の方へ首を回す。
　その表情はどこか寂しげに見えて引っかかる。しかし繰り返すカノンが止まった事で、一旦おかざるを得なかった。

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