不思議な街の雑貨屋さん｜リアクション

不思議な街の雑貨屋さん

　同じような場所に出たときに椿美咲紀は迷ったことに気が付いた。
「おやまあ。また迷子になってしまったようなのです」
　そういう割に困った様子がないのは、彼女の人柄だろうか。二度目という余裕からだろうか。
「春はうっかり迷ってしまう事が多いものなのでしょうかねぇ」
　春。
　美咲紀が楽しみにしているのは花だ。
　踊り出しそうな足でふと目の前に現れた、灯りのついた店先をまじまじと覗き込んでしまう。
　美咲紀は誘われるように雑貨屋に入った。

　あるのは雑貨らしきものだけ。しかも用途が不明なものばかり。
　ざっと見回したところ、花はないみたいだ。
　きょろきょろと店内を見回していた美咲紀に、店の奥にいた女主人は面白そうに傍の小上がりを指した。
「座って休んでいかないかい？」
「いいんですか？　道に迷って、もう疲れてしまって、へとへとです」
　ぱっと表情を明るくした美咲紀は、遠慮する様子もなく小上がりに腰を下ろす。
「迷子か。どれ、道を教える代わりに、君の想いをくれないかい？」
「想い？」
「そう、楽しい、悲しい、怒り、なんでも構わないよ。聞かせてくれたら、帰り道を教えてあげよう」
「なるほど。想いをください、ですか。いいですとも、私のこの花達への溢れんばかりの想いを存分に聞いていただきます！」
　キリッとした美咲紀は背筋を伸ばした。それをゆったりとした動作で待つ主人。
「私、ガーデニングとか家庭菜園とか、植物育てるの大好きなんです。家庭菜園は寝子島に来てから始めたんですけどね」
「ほう、家庭菜園は私も気になっていたんだよ」
「本当ですか！　今なら春菊や、小松菜ですね！　茹でて和えると美味しいですよ！」
　美咲紀の勢いに笑った主人は、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。
「試してみよう。……それで？」
「あ、はい！　田舎出身だから、実家の周りも植物が多くて。花があるととても季節を感じるじゃないですか！　特に今の季節はたくさんの花達が咲いてきて、とても気分が軽やかになります！」
「わかるよ。季節のものが咲くと、ああ春だって実感するねぇ」
　主人の言葉にうんうん、と美咲紀は楽しそうに頷く。
「お店にお花は飾らないのですか？　それか敷地内には何か花咲くものを植えていませんか？」
　店主は煙管をふかした後、考えた様子を見せながら首を振った。甘い香りがする。
「ないねぇ」
「ないなら、花とともに送る生活をお薦めするのですよ！　花があるととても季節を感じますからね！」
「そうだね、店の中に飾るのはいいあいであだねぇ」
　どこまで本気なのか、社交辞令なのかどちらでもよかった。主人が少しでも草花に思いを寄せているのが嬉しかったからだ。
「私の寮の庭は、丹精込めて咲かせた花達で溢れています」
　庭を思う。春になったら一斉に花を咲かせるのだ。それが楽しみで仕方ない。
「お気に入りの花達は自分で育ててますけど、ガーデニング初心者さんにはホームセンターで蕾まで育った花を買ってきて寄せ植えを作るのがお薦めです」
　指折り数える。今の季節は─。
「チューリップメインでムスカリを添え、プランターの際をゼラニウムやパンジーで彩るのがいいかな？　暖かくなったら、花を変えてけばずっと楽しめますよ」
「いいねぇ、図鑑でしか見たことがないが、目に浮かぶよ」
　しばらく話を聞いていた主人は、にこりと笑う。
「溢れんばかりの愛情、たしかに受け取った。帰り道を教えてあげよう」
　後ろ髪を引かれる思いで、美咲紀は主人に礼を言った。
「ありがとうございます！　また来てもいいですか？」
「導きがあればね」
　意味深な言葉と微笑みを残し主人へと別れを告げる。
「そうだ、次は花でいっぱいにしておこう」
「はい！　楽しみにしてます！」

　主人の言った通りに道を行けば、すぐに見知った寝子島の景色。
　道端の桜の木が蕾を咲かせていた。春の訪れを感じずにいられない。

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