不思議な街の雑貨屋さん｜リアクション

不思議な街の雑貨屋さん

　春の前の少し暖かな風に髪をなびかせ歩くのは、仙藤紫。
　春色のワンピースに身を包んだ紫は、どちらかというと大学生に見える。
　実際、この春から大学生。高校卒業間際、色々と物入りで両手には買い物袋が山と積まれている。
　持てないほどではないが、早く帰りたいという気持ち。そんな逸る心とは裏腹に、紫ははたと気づく。
「迷った……わね」
　またか、なんて息を吐いて、冷静な彼女は周囲を見回す。
　どこかノスタルジックな街並み。その先に一軒、灯りのついた店先を見つけた。
　丁度いい。
　家に帰るにはまだ時間があるし、最後に何か見繕ってみよう。ついでに道を聞くのもいい、なんて思いながら店に入る。

　店は、なんとも言えない雰囲気だった。
　雑貨屋と言われればそれだし、違うと言われればそうだし。
　紫は内心疑問を抱きつつ、店の奥に目をやる。

　着物をはだけた女主人が興味深そうにこちらを眺めていた。
　紫はさほど気にした様子もなく問いかける。
「道に迷ったのだけど、帰り道を教えてくれませんか？」
「構わないよ。ただ、タダというわけにはいかないね」
　紫は構えた。持ち合わせはどれくらい残っていただろう。
「君の想いを聞かせておくれ。嬉しいこと、悲しいこと。なんでも構わない。それを聞かせてくれることが、駄賃の代わりだよ」
　なんだ、そんなことか。
　紫もさっきのノスタルジックな街並みを見てきて、思うところがあった。
　紫はさほど迷わず、言葉を紡ぎ出す。

　それは、ちょうど今日みたいに道に迷った時のこと。
　高校入学を間近に控えた春休みのある日。
　仲の良かった友達と春休みの旅行で京都へ行った。
「その子の親類が京都に住んでいたの。そこで寝泊りさせてもらって、色んなところを回った」
「京か、よい所だねぇ」
　煙管をふかした主人が言う。紫は素直に頷いた。
「新選組ゆかりの地が多かったけど、友達の趣味ね」
　思い出して紫は静かに笑う。友達のはしゃぎっぷりを思い出しているのか、それを楽しく思っていた自分を見つけたのか。
　とにかく、ちょっとした事件は京都に来て三日目に起こった。
「東山あたりのお寺をみて回っていたら、目を離したすきに友達とはぐれてしまったの」
　あの時はどうしたかと思いを巡らせ続きを話していく。
「間が悪くてスマホのバッテリーもなくて、その場を動かずじっと待っているか考えていたら」
　思い出したように紫の思考が通り抜けていく。
「近くにあったお寺の門扉が開いていたから、何となく入ってみた」
　ふわっと紫の鼻腔を春風の薫りが通った気がした。
「ああ、小ぢんまりした庭に広がっていたのは、百花繚乱、光彩陸離、春が躍るような光景だった」
　眩しそうに眼を細める紫の横顔。
　しかし紫はすぐにハッとした。胸を押さえて、切なさに少しだけ顔をしかめる。
「その光景に、なぜか一抹の寂しさを感じて」
　色とりどりの花々が咲き誇り、太陽の光をたっぷり浴びて。そんな生き生きとした風景なのに、紫は戸惑った。
「こんなに寂しくて、物悲しく感じるのはなぜだろう」
　目を閉じて、もう一度思い出す。
「春の喜びを寿いでいるのに、なぜ胸が痛いのかな……」
「─お嬢さんが春の訪れを誰よりも喜び、そしてすぐ過ぎたるものだから悲しいんじゃないかね」
　春は短い。暖かくなったと思えば、すぐさま夏が待っている。
「答えはお嬢さんの胸の中に、だけどねぇ」
　紫は確かに頷く。
　胸の痛みはとれずとも、春の訪れはやってくる。また一巡季節が廻り、春の煌めきを紫が目にする。
「いい話をありがとうね。春らしいいい話だった」
　ちょっと切ない話であったのは自負しているが、と紫が戸惑っていると、店主は意味深に笑う。
「私にとっては、すべてがよい話さ。さて、帰りの道を示そうか」
　紫は丁寧に主人に礼を言い、店を後にした。

　気が付けば寝子島の見知った景色。
　桜の蕾が、もうすぐ開く。

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