■ネオアキバポリス
　駅前でチラシを配るメイド服！
　聳え立つ巨大ギャルゲー広告！
　歩行者天国が賑わい時としてアイドルのゲリラライブが始まるここはネオアキバ！　欲望渦巻くサイバーテクノ・アンコクシティである！
　そんな町を走る一人の刑事。彼の名は新田 亮！
「何！？　ネオアキバで事件だと！？　血まみれの女性と、走り去る男が目撃されただって！？」
　通報者からの断片的な情報を頭に入れながら走る彼の脳裏は、事件の忠実な再現映像が組み立てられていく。
　デジタルゲイシャショップ・ネコノアナの前に倒れる女性。二十歳前後のロングヘア。うつ伏せに倒れた彼女を中心に赤い液体が広がるさまだ。
　その場から走り去ったのは筋肉質でスキンヘッドの巨漢。サングラスと革ジャンという特徴的な姿だという。
「裏パーツ通りに入ったんだな！？　よし……！」
　亮はスピードを上げ、裏道へと駆け込んでいく。
「この平和な町で人を刺すとはな。逃がしはしないぞ！」
　携帯電話を取り出すと、亮は素早くダイヤルした。

　ネオアキバ・ソクバイカイホール。
　アニメや漫画やマニアックミームのコスプレをした者たちが青空の下に大集合していた。
　壁の数枚向こうでは同人誌を求めた猛者たちが死力を尽くして神本に早歩きしている頃だが、こちらもこちらで死力を尽くす者立ちがいる。
「はーい皆さん距離を開けてくださいねー。ローアングルは禁止でーす」
　メガホン片手に呼びかけるスタッフと、少しでも至近距離からスカートの下を覗きたいカメラマン。そして少しでもスカートの丈を短くして人を呼びたいレイヤーのせめぎ合いが起きていた。
　世にいる彼らの名誉のために述べておくと、大多数は普通にコスプレして普通に撮っている人たちである。たまーにいるんだ極端な人は。
　そんな中で、軽く歴史遺産と化しているミニスカートポリスのコスプレをした檜扇 舞華がいた。モデルガンと手錠を手に『逮捕しちゃーうぞ☆』とか言ってるあれである。イラスト化はまだかな？
　もちのろんろん周囲には人だかりができあがり、カメラカメラの大フラッシュである。
「うーん、さすが古典。根強いコンテンツですねー」
　などとうっとりしていた舞華の耳に、スタッフの悲鳴にもにた声が聞こえてきた。
「あー困りますお客様スカートをめくろうとしたら行けませんお客様！」
　キリッと表情を変える舞華。
「即売会は全員がスタッフ――お客様はおりませぬ！」
　とうっと言って手錠を投げると、スカートの下をなんとしても撮ろうとしていたスタイリッシュヘンタイカメラマンの両足を拘束した。
　振り返ったスタッフが驚愕に目を開く。
「あっ、あなたはもしや……伝説のレイヤーポリス！」
「ご存じ」
　横ピースでポーズを決めると、舞華はきゅっと腰をひねって振り返った。
「檜扇舞華ですっ☆」
　そしてフラッシュフラッシュのカメラ背景でござる。
　とかなんとかやってると、携帯電話が震えた。
「おんや？」

　所変わってネオアキバメイドストリート。
　ネオアキバからまともなメイド喫茶が少なくなって長いこのネオニッポンで根強く残る正統派メイド喫茶が並ぶストリートである。バックにヤーさんとかついてないメイド喫茶である。余談だけどああいう所はメイド喫茶じゃなくてブックカフェとか名乗ってたりするよね。
　そんなストリートを巡回するのは今日も元気な姫神 絵梨菜警部である。
「今日も町は平和だなー……って、あれ？」
　絵梨菜の犯罪アンテナがぴこーんと反応した。
　振り向いてみたならば、チラシ配りのメイドさんが裏路地に引っ張り込まれているではありませんか。よりによってスカートの裾を引っ張られるもんだから必死に押さえつつ引きずられているじゃあありませんか。
「こらっ、やめなさーい！　無理矢理人のスカートをめくるのは犯罪なのよっ！」
「やべえっバレた！」
　おきまりの台詞と共に走り出す男。
　スキンヘッドにサングラスといういかにもなヤツ。絵梨菜は彼の特徴をしっかり記憶し……た瞬間、後ろからサッとスカートがめくられた。
「隙だらけだぜ！　ヒャッハー！」
　シャカカカカッというカメラの連続撮影音にびっくりして飛び退くと、モヒカンの男が舌を出しながらスーパーローアングルでカメラを構えていた。ローアングルっていうかもう首ブリッジしていた。
　思わずお尻を押さえる絵梨菜。
「あなたたちまさか……ちまたで噂のローアングラー組織ね！」
「ヒャッハー！　激レアの婦警パンチラゲットだぜェ！　ヒャハー！」
　言語野どうかしちゃったのかなってくらいの奇声を発して、ブリッジ姿勢のまま高速で逃げ去るモヒカン。
　その隙をついてスキンヘッドが用意した車に飛び乗ると、勢いよく走り去っていく。
「待ちなさーい！」
　絵梨菜は自分のミニパトに飛び乗って追跡を始めるが……そこで電話のベルが鳴った。
『町を殺人犯が逃走中！　特徴はスキンヘッドにサングラスだ！　応援を頼む！』
　亮の声である。絵梨菜の額にぴきーんと電撃が走った。
「……まさか！」

　さあ場面を戻して犯人を追跡する亮をご覧頂きたい。
　必死に走って追いかけるが、相手はフリーランニングの心得でもあるのかうまいこと塀やガードレールを跳び越えて駆け抜けていく。障害物があればあるほど距離が離される仕組みだ。
　ついに相手は車に飛び乗り走り出してしまうではないか。
「くっ……これでは取り逃がしてしまう！」
「お待たせ！」
「乗って！」
　膝に手をついてぜーぜーいってる亮のもとへ、一台のミニパトが止まった。運転席の絵梨菜、そして助手席の舞華である。
　ネオアキバでブイブイいわせる（死語）ミニスカートポリス（古代精霊語）の二人である。急いで車に飛び乗る亮。
「助かった、犯人車両を追いかけてくれ！」
「任せて！」
　絵梨菜はビッと親指を立てると、アクセルを思い切り踏み込んだ。
　相手との距離はすぐに縮まった。
「あれが犯人車両だよ。この辺りでも事件が絶えないグループなんだ！」
「なんだって？　……あれ、なんか車種ちがくないか？」
　とかやってると、助手席のモヒカンが身を乗り出してこちらにカメラフラッシュを仕掛けてきた。
「まぶしっ！」
　ここで定番のネタに持って行かないのは美少女の顔が崩れるからである。
　さておき。
「このフラッシュをなんとかしなきゃ……！」
「モヒカンの動きを止めればいーんですよね。お任せあれっ」
　といって、トランクをどっからともなく取り出すと、その場でごそごそ着替え始めた。
　目を背けて両手で顔を覆う亮。
　やがて現われたのは姫騎士コスプレの舞華であった。うまいこと車をよじのぼり、ルーフの上に立つ舞華。
　舞華は自分の服に手を当てると、逆にモヒカンに向けて指をさした。
「はい、イリュージョン！」
「ギャヒー！？」
　途端、モヒカンと舞華の衣装が入れ替わった。腰がぎゅうぎゅうに締まって拘束ベルトが仕込まれた特別製である。たちまち動きを拘束されたモヒカンは助手席でびちびちした。
　そしてぐわんぐわん揺れ出す犯人車両。相棒が急に姫騎士衣装になったら誰だってそうなる。
　スキンヘッドはぎゃわーとか言いながらガードレールに激突。
　頭にたんこぶ作りながらも運転席からふらふらと逃げ出した。
「にがすか！」
　そこへパワーアップした脚力で急接近する亮。
　背後に回って羽交い締めにすると、絵梨菜へと呼びかけた。
「いまだ、やれ！」
「パンチラ撮影ゆるすまじー！」
　絵梨菜は助走をつけると、強烈なドロップキックでスキンヘッドを蹴倒した。
　亮もろとも吹き飛んでいった。
「あっ」

　かくして。
　連続パンチラ撮影グループは逮捕された。
「へー、最近の女の子ってこんな大胆な……」
「こらっ、証拠物を覗くのはやめなさいっ！　あっさっきのもう一回見せて！」
　カメラのログを興味深そうに眺める絵梨菜と舞華。
　一方で亮は『こいつなんか違うな』と思いながらスキンヘッドたちに手錠をかけていた。
　ふと振り返る。
　潰れたトマトジュースパックを抱いた女がふらふら眠そうな顔で歩き、すれ違うようにスキンヘッドの男が同人誌を抱えて歩いていた。
「……勘違い、だったのか。いや、いいか。結果オーライだ」
　亮は空を見上げ、勘違いをなかったことにした。