【ホワイトデー】平和ときどき怪奇？｜リアクション

【ホワイトデー】平和ときどき怪奇？

●色の無い世界で

　これ以上堕ちようも無いとどこかで思っていた。
　十二分に自分は穢れ、世界に取り残されている。
　ずっとそう思い続けたまま、昼は夜を待つ獣のように存在を消して過ごし、夜になればまだ自分はこの世に存在するのか確かめるよう、気の向くまま様々な毒に溺れ過ごす。
　そんな日が明日も訪れるのだと思っていた。――　あの日　――　までは……。

「……ねえ、どこで……なにしてるの……」

　朝鳥さゆるは、寝子島高校から約１キロほど離れた、あるワンルームマンションの一室にいる。
　ここに初めて足を踏み入れた日から、以前までは思い出した時稀に訪れる程度だった。無意識にさゆるの心が叫びを上げたそんな時、足は決まったここに行き着いたから。
　しかし世界は無情にも、さゆるに次々と現実を突きつけた。
　姿を消した最愛の人に、聖夜に一瞬の邂逅が成された後、たびたび見続けた夢。それとは明らかに異なった、まるでこれが本来の現実だったと思わせるような、リアルな悪夢にさゆるは囚われたのだった。
　それは『片篠藍人』との、束の間の日々。過去を変革し、あの聖夜の後実は藍人と自分はこの部屋で想い合う関係として過ごしていたという、
覚めてしまえばさゆるにとっては地獄の焔に身を焼かれる痛みを伴った、そんな悪夢。

　その悪夢以来、さゆるはずっとここにいた。
　星ヶ丘にあるのはもはやさゆるにとっては『家』ではない。巨大なクローゼット代わりの廃墟なのだ。

　さゆるの悲痛はその悪夢だけにとどまらなかった。
　覚めたことがトリガーになってしまったのか、死ぬまで封印するはずだったあまりにおぞましい記憶を、彼女は蘇らせてしまった。
　それからもう、何日も過ぎている。ベッドに着の身着のまま投げ出された四肢たち。唯一時折動く眼球からは、もう涙も枯れ果てている。
　さゆるはこの部屋でずっと耐え続けていたのだ。
　両親が亡くなった後からこそ、真に始まった禍々しい記憶の本流に。それによる痛覚を伴う悲痛に。
　父の弟、正確には自分の父親だったモノの顔、それがこと切れる瞬間、そうして見上げた先にあった彼の息子『片篠藍人』の無機質な表情。
　そして……自分は、『片篠さゆる』であったこと。
　一度思い出してしまえば、もはや時系列など関係なく突如断片的に浮かぶそれらの画がさゆるに与えるのは、肉体的な痛みではなく心をむしり取るような疼痛。耐えれば耐えるほど激しく、熱く、痛みはさゆるを蹂躙した。

　それでも、さゆるがこの部屋にいるのはただただ、会いたいという想いから。
　たとえ身体が、人生が、穢れ切っていると思っていても、襲い来る痛みに耐えるにはさゆるの心はまだあまりに純粋だった。
　――　……もし、彼が戻ってきたのなら、帰ってきてくれたのなら。
　戻って来ることなどありえないと分かっていても、心は願うのを止められない。
　もしも会えたら。ての届くところまで来たならば。二度と離してなどやらない。再び、ずっと、愛し合うのだ。
　歩けない様に足の指を噛みちぎってしまえばいいだろうか。
　呼吸すらままならぬ程に一生口付けていようか。
　彼ならば、きっと同じように自分へも刻み付けてくれる。そんな気がするから。そんな愛し方しかお互いに知らない、出来ないのだから。

　ベッドに横たわった瞳に映る窓。
　どこかいつもより白い色たちが溢れているが、今のさゆるには『白』すらも色として認識していなかった。
　彼女の瞳に色が見えた時。それは現実で『彼』が映った時だけなのだろう。
　たとえ、同じ『赤』がさゆるの体に、彼の体に、流れているのだとしても……――

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