【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド｜リアクション

【ホワイトデー】煌燦-KiraKira-ホワイトアイランド

● 寝子ヶ浜海浜公園～舞台裏

　ムーディな音楽が聞こえる。ステージではどこかのジャズ研が演奏しているようだ。
　ステージ裏。楽屋代わりのテントの中で出番を待つ獅子目悠月とオルカ・ヴィヴァルディは、セットリストの最終チェックに余念がなかった。
　高音域が強い悠月と、低中音域のハスキーボイスなオルカ。ユニットを組んでからというもの、ふたりはレッスンを積み重ねてきた。今日のステージに立つことにしたのは、島の大きな音楽イベントであるネコフェスまでに場数を踏みたいと考えたからだ。
　オルカはセットリストのメモを見ながら、このメモをしたためていた時のことを思い出す。

　――ホワイトデーってイタリアにはない文化だけど要は恋人及び未満のお祭りって事だろ？
　ならセットリストは恋の歌中心かな、オルカが言うと、悠月はあまり気乗りしない様子だった。
　――恋の歌か……。あまり得意な分野ではないな。どういう気持ちを込めればいいかがはっきりしないんだ。

　出番の時が近づいてきた。スタッフに呼ばれ、ふたりはステージ袖に待機する。
「悠月、緊張してる？」
　オルカは悠月の頭上から小声で落した。
　見上げれば、挑発的に笑いながらも僅かに揺れる瞳。悠月は口の端をあげる。
「誰が」
　緊張がゼロかと言われればうそになる。馴れない歌に対する戸惑いは僅かに残るがそんなことは言ってられないと思うだけだ。
　オルカは悠月の心を嗅ぎ取った。
　恋の歌にすこしでも苦手意識が残っているなら、
（全部俺が攫ってあげるとしよう）
　耳元でもう一度、名を呼ぶ。
「悠月」
　悠月が振り返れば、頬にオルカの手の感触。
「今だけでいい、俺を音楽だと思って歌って。……スキでしょ？」
　キスをするくらい顔を近づけ、オルカは歌うみたいに低い声で囁く。
　ステージ直前で、その台詞はなかなかズルいやつだと悠月は思う。
　彼の声は悠月の耳にいつだって心地いい。
　そうじゃなかったら一緒に音楽をやろうなんて思わない。
「好きだよ」
　と答えると、オルカは悠月の頬から耳朶へ手を這わせる。
「Ti adoro」
　一滴の雫のように落されたのは、オルカの国の言葉でぼかした、心からの愛してるの言葉。
　悠月の高ぶった心に、オルカの言葉が、音がじんわりと響いていく。
「同じくらいの気持ちをこのステージの上だけでも返してくれれば、そうすればうまくいく気がしない？」
　
　――それなら、それでいいならば容易い。
　悠月は思う。
（言われなくとも、お前は俺の愛する音楽そのものだ。少なくとも、歌っている間は）
　悠月はオルカを抱きしめた。不意のことに、オルカは虚を突かれ、声がどもる。
「ど、どどどうしたの悠月！？」
　悠月は笑っていた。腕を解き、オルカの背を強く叩く。
「もう大丈夫だ」

　オルカは、安堵と高ぶりのないまぜになった心でひと息笑った。
（ああ、もうホントに）
　敵わない。彼には。

　眩ゆいライト。先をゆく悠月が、光の中からオルカに手を差し伸べる。
「行くぞ」
　オルカは迷わずその手を掴む。
「うん、行こうか」