ケモノビト｜リアクション

ケモノビト

　日曜日の朝。
　眠気の残る目をこすり、あくびをしながら隣で眠るゴールデンレトリバーの愛犬チビを揺する。
「チビー、おはよー！」

　朝の挨拶は大きく元気に。毎朝のようにやられるチビも慣れたもので、顔をしかめる様子もなくむくりと起き上がる。
「おはよう、あんず」
「うんうん、今日もいい返事だな！」
　頷き、首を傾げる。
「……チビが喋ったー！？」
「あ、本当だ。あんずが何言ってるのかよくわかるや」
「ま、まさか何かヘンな病気……！？」
「僕の方は特にそういうのはなさそうかな。どっちかって言うと、あんずの方？」
　チビが顎をしゃくった先、頭頂部に触れて見るともふっとした手触りが返ってきた。
「犬の耳だ！」
「あと尻尾ね。僕とおそろいだよ」
「すごーい！　かわいいー！」
　玩具のコンパクトミラーで映して見ると、確かにチビと同じような耳と尻尾が生えていた。
「うちに耳が生えたから言葉がわかるようになったのかな？」
「きっとそうだね」
　なんだか童話の世界のような話だ、とあんずは妙な納得をした。
「そういえばさ、今日の散歩はどうするの？」
　どう、と聞いておきながらチビ自身は行く気満々なようで、尻尾を振りながら期待に満ちた目だ。
「行く行く！　今日は公園でボール遊びだからな！」
「よしきた！」
　一人と一匹は早速準備に取り掛かった。

●

　あんずとチビの散歩コースは海沿いを歩く。
　潮騒の音を背景に、あんずはテンションも高く即興の歌を歌いながら浜辺を歩いていた。
「うっみうっみあっさりー、うっみのかにー♪」
「この時期にアサリとかカニってまだいるのかなぁ」
「アサリさんもカニさんもいるぞ。この間見たからな。ええっと――」
　あんずは砂浜を見渡し、ちょっと盛り上がった場所を見つけてそちらへ駆け出す。リードを引かれたチビは飼い主の気まぐれに、仕方がないと溜息をついて付いて行った。
「多分この辺りだ！」
　ざくざくと素手で砂浜を掘ると、確かにあんずの言う通りアサリが出てきた。
「へえ、ほんとだ。おいしそうだね」
「あっ、ダメダメ。チビが食べたら大変なんだぞ！」
　手のひらに乗せたアサリをすんすんと嗅いで、食べようとしてくるチビの頭を押しやる。
　残念そうに耳と尻尾をへたらせて、チビは前脚で砂を掘り始めた。
「ぎゃっ！？」
「わわ！　どうしたチビ、大丈夫か！？」
　ふがふがと何かを鼻先で探していたチビが、突然悲鳴を上げたかと思うと暴れるように身悶えし始めた。
　その鼻先をそのハサミではさんでいたのは、茶色の小さなカニだ。
「チビ、こっちおいで！　カニさんを水に入れるんだ！」
「あわわ……」
　痛みで混乱しながらも、あんずの指示に従って海水に鼻先のカニを漬けると、ようやくカニはハサミを外して逃げて行った。
「ダメだろチビ、カニさんに近づきすぎるとお鼻はさまれちゃうんだからな！」
「うん、身にしみたよ……。まだはさまれてたところが痛いや……」
「ほら、おまじないかけるからお鼻出して。いたいのいたいの飛んでけー！　……どぉ？」
「……ちょっと痛くなくなったかも」
「よかったー！」
　ぱっとあんずの表情が華やぐ。
「そういえば公園……」
「あっ、忘れてた！　チビ、かけっこだ！　公園に先についた方が勝ちだぞ！」
　よーいドン。あんずの掛け声を合図に、二人は公園まで走って行った。

●

「引き分けだー！」
　公園でボール遊びして疲れた二人は、木陰に座り込む。ざあ、と風が汗ばんだ肌を撫でた。
「……なあ、チビといつまでお喋りできるんだろうなー？」
「さあ。僕にはちょっとわからないかな」
　あんずのふとした疑問に、チビはちょっと考えるように首を傾げる。あんずにとって、チビと話せるこの時間はとても嬉しくて、幸せなものだった。
　けれど、その時間もきっと長くはないだろうとあんずは直感していた。きっと、明日にでも自分はチビとまた話せなくなってしまうだろう。
　だから――
「今のうちにいっぱい遊ぼうな、チビ！」
「うん。忘れられないぐらい、たくさん遊ぼう！」