ケモノビト｜リアクション

ケモノビト

　ある朝、八神修がなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の猫に変わっているのを発見した。彼はヒョウ柄の毛皮を身にまとい横たわっていた。
「どこで生まれたのかとんと見当がつかぬ……は、こっちは夏目漱石だな」
　そういった意味合いの独り言も、猫のにゃあにゃあ言う鳴き声になって部屋の中に虚しく響いた。
　彼は大して動揺した風もなく――これが神魂の影響だということは寝惚けた頭でも察しがついたし、彼にとって影響に巻き込まれることはそう驚くべきことでもなかった――くわ、と大きなあくびを一つして、温もりとまどろみを与える布団からのそりと這い出た。
　空腹を抱えながら向かう場所は食堂だ。
　ふと、茶色に縞模様の猫と廊下で出くわす。
「あ、タイガ」
「……なんだお前、見ない顔だな。なんで俺の名前を知っている」
　思わず名前を呼んでしまうが、警戒心をむき出しにしたタイガの応答で自分が今猫であることを思い出した。
「いや、意思疎通できるなら話は早いな」
　簡潔に修が事情を説明すると、タイガは複雑な表情をした。
「確かにお前からはご主人に似た匂いがする。が、信じがたい」
「だろうね。まあ、多分一日で元に戻るから」
「……わかった。なら、今日一日俺がお前を監視するとしよう」
　忠犬ならぬ忠猫のタイガは根が真面目なのだろう。半信半疑、不承不承といった風に頷く。修が苦笑するように尻尾を揺らし、よろしくと言おうとしたところで、代わりに腹の虫が応えた。

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　食堂に行くと、案外あっさりとシェフは修に猫用の食べ物を与えてくれた。シェフも修の動物好きには呆れているのか「修様はまた一匹拾ってこられたのか」などと溜息混じりだったが。
「仕方ないだろう、付いて来ちゃうんだから」
　という呟きも、今の人ならざる修の口からは「にゃあ」としか出せなかった。
　腹も満たせた修はタイガを連れ立ってリビングルームに向かうと、そこには猫たちが寛いでいた。
「あれ？　新しい子？」
「だれだれ？」
　好奇心旺盛な仔猫二匹が真っ先に駆け寄ってくる。
「いい匂いする」
「なんの匂い？　なんの匂い？」
「……ご主人が拾ってきた新人だ。仲良くな」
「ねえ、遊んで遊んで」
「遊んでー！」
　タイガの紹介も聞いてか聞かずか、仔猫たちはすんすんと修の匂いをかいだり遊べ遊べとねだって来る。修が猫になっても人間になってもまったく変わりがない二匹だった。
「良いよ。遊ぼうか」
　猫グッズの入ったから、仔猫たちが特に気に入っていたネズミが先に付いた猫じゃらしを出して口で棒の部分を咥える。
「ネズミ！」
「ネズミだ！　捕まえろ！」
　ぱたぱたと動くネズミへと飛び付く二匹。修はそれをすんでのところで引いて、ネズミを逃す。
「そう簡単には捕まらないよ」
　身のこなしも軽やかにキャットタワーを登り、キャットウォークまで使っての追いかけっこが始まった。
　途中、ネズミを見てうずうずしていた他の猫たちの乱入もあり、存分に遊び回り、じゃれ合った。
　それから、ほどほどに疲れた疲れたところでみんなで丸くなって昼寝に入る。
　ぽかぽかとした陽の光を浴びながら、修はあくび混じりににゃあと鳴いた。
「八神家の猫の一日はなんて気持ちが良いんだろう」
　幸せを感じながら、修はそのまま心地よいまどろみの中に意識を沈めた。
　翌日、人間に戻ってから修が猫たちを文字通り猫かわいがりしたのは言うまでもないことだろう。