春を探して｜リアクション

春を探して

○しっかり味わって

「副店長になってからというもの、とにかく忙しいな……」
　旧市街の木造アパートで真境名アリサは、ひさしぶりの休みに遅い朝を迎えた。
　水着ガールズバーで働くアリサは、最近副店長になってから妙に忙しくなってきた。
　いくらでも寝ていられそうではあるが、カーテンを開けると外はとてもいい天気だ。
　ここ数年風邪ひいたことすらない元気なアリサ、ダラダラとくすぶっているのはもったいない気がした。
　こういう時は特に目的を決めずに気ままにぶらつくに限る。
　
　そんなわけで、ロングの黒髪をなびかせてなんとなく九夜山のふもとあたりを適当にぶらついていると、いちご農園の小さな看板を見つけた。
「へぇ……こんなところにいちごがね……」
　興味を惹かれ読んでみると、いちご狩りができるらしい。
　いちごといえば、去年、イチゴジャムを作ろうとして妙な騒動に巻き込まれてしまった。
　イチゴがすべてキモい顔つきのみかんに変わってしまうというイラッとくる事件。
　トラウマというわけでもないが、それ以来いちごとは無縁の日々を送っていた。
（久しぶりにいちごでも食べようかな）
　迷わず参加決定。立ち寄ってみることにした。
「制限時間は３０分です。時間になったらハウスから出てください」　
　説明を受け、コンデンスミルク入りの容器を受け取る。
　さっそく目についた大粒のいちごを取り、浸して食べてみる。
「おいしい！」
　いちごの酸っぱさと甘みが、コンデンスミルクの甘さとぴったり合う。
　店で買ういちごだって美味しいけれど、自分で取ったいちごを食べるというのはそれとは全然違う楽しさがある。
　これだけでもう何個でも食べれそうな気がするが、スタイルが命の仕事柄、際限なく食べまくるわけにはいかない。
　その分、しっかり味わいながら食べることにした。
（本当においしい……）
　コンデンスミルクはスタイルのために控えるとして、いちごそのものは美容にもいいんじゃないだろうか。
　制限時間は３０分と思うと、夕食を少し減らせばもう一つ二つ……と誘惑に駆られて悩ましい。
（お持ち帰りできないのが残念だけど）
　だがハウスを出ると、美味しそうなジャムが売っていた。
　これは買って帰らなくては。
　順番を待っていると、向こうのほうで何かつぶやいている様子の少女が目に入った。
　肩に止まらせた鳥のほうを見ているようだ。
（鳥と話してる？）
　気になったが、前の客が去りアリサの番になった。
「あ、ジャムをください」
　とりあえずジャムを買い、帰途についた。
（いいお休みだったな）
　ジャムを何に使おうか。帰ってからも楽しみがあるのは嬉しいことだった。
　　