みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　賑わう寝子島神社のひなまつり。そこに仙藤紫と妹の姿があった。

　はぐれそうになる４つ下の妹に注意をしながら、紫は参道を上がっていく。屋台の列からは威勢のいい呼び込みの声が聞こえ、行き交う人々は皆笑顔だ。横では楽しそうに妹が紫に話しかけてくる。
（賑やかでいいわね……）
　そんな風に思いながら紫は妹に微笑んだが、彼女は密かに思い出していた。去年の、ひなまつりの事を。
　紫は妹に聞こえないように小さく小さく呟いた。
「去年は確か……あの人と一緒に来たんだわ」

　１年前のこの日。傍らにいたのは妹ではなく、当時付き合っていた彼だった。
　社務所で配っていた、笹舟の事もよく覚えている。２人で仲良く願いを書いたのだ。
　『これからも二人で変わらぬ時をともに』と。
　けれども、その年の夏休み最後の日に２人は別れた。
　別に神様を恨んではいない。思えば、あの頃からなんとなく別れの予感はあったような気がするのだ。そして、それを無意識で否定したい気持ちも。……やはり神様は見ていたのかもしれない。
　時折は思い出すこともある、すでに終わって久しい恋の話。
　
　不思議なものだ、と紫は思う。
　今までは鈍い痛みとともに蘇っていた記憶なのに、最近はそれが和らいでいる。
　ふうっと紫は空を仰いだ。そこには薄い水色の早春の空。柔らかい陽射しが降りそそぐ。
　紫は視線を周囲に戻した。隣には楽しそうな妹。立ち並ぶ屋台だって去年とはきっと店並みが違うだろう。同じ様で、去年とは違うのだ。時は、流れているのだ。
　―――このあたりで、そろそろ思い出として昇華させるべき時が来たのかもしれない。
　小さな思いが、紫の胸に生まれていた。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん！」
　呼びかけられて、紫はハッと気が付いた。妹が腰に手を当てぷんとむくれている。
「も～、途中からお姉ちゃん生返事になっちゃって。もう上に着いたよ！」
　確かに２人は社殿のある楼門下にいた。
「ごめんなさい、ちょっと考え事していて……」
　謝る紫に、妹はにっと笑った。
「いいよ、いいよ。それより甘酒あそこで配ってるよ。一緒に飲もう！」

　意気込む妹に引っ張られるようにしながら紫は配布所に行き、甘酒の振る舞いを受けた。すぐ横でひなあられの振る舞いもしていたので、それもありがたく頂く。
　２人はぽりぽりとひなあられを食べ、甘酒を味わった。こくんと飲めば、身体の奥から暖かくなるのを感じる。そのじんわりとした優しさに、紫はほうっと息を吐いた。
「楽しいね～、お姉ちゃん」
　妹が小首を傾げて言ってくる。紫は微笑んで答えた。
「そうね」
　同じ場所で、去年とは違うひなまつり。でも、それはとても温かく、去年とはまた違った幸せの色を纏っている。
　境内では桃の花が咲いている。もっと近くで見ようと妹を誘おうとして、紫は気が付いた。
「あなた……どうしたの？」
「ん～？　なにが？」
　妹の頬は桃色に染まっていた。
「まさか甘酒に酔ったの？」
「……そんな訳ないよ～？　あはははは！」
　否定はするが、妹はご機嫌だ。
（甘酒はアルコール分なんて殆ど無いのに……この子、よっぽど弱いのかしら）
　まあ、酔っ払うというよりももしかしたら周囲の雰囲気に酔ったのかもしれない。みんなとても楽しそうだし。
　紫はくすりと苦笑する。そして妹の手を引き、ベンチを探して歩き始めた。