みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　天気の良い休日。ぶらりと買い物に出た伊賀解理は、神社の近くを通りかかった。そこにはずらりと『ひなまつり』ののぼり。そういえば、いつもよりずいぶん人通りが多い。
（帰っても暇だしな）
　解理はぶらりとした足を今度は寝子島神社に向けた。

（そうか、もうひな祭りの時期か……）
　人で賑わう参道を歩きながら、解理は人ごとのように思っていた。ひな祭りとは女子の成長を祈る行事らしいが、自身思い返せばあまり縁のない行事な気がするのだ。
（家に雛人形とかないし）
　解理はふんふんと実家を思い出す。だってアレってちゃんとしたのはすごくお高いらしいじゃナイデスカ。シカタナイネ。
　ひな祭りに大した感慨もなく、屋台がいっぱいあるなーなんて思いながら参道を上がっていく解理。すると人混みの中に北風貴子の姿を見つけた。
（わお、いいんちょ！）
　解理はその眠そうに見える目をちょっと見開いた。３年生はもう自分のペースで学校に来ているので、なかなか会えない。解理が貴子の姿を見るのは卒業生を送る会以来だ。それはつい最近の事なのに、なんだか懐かしさすら感じる。
　これも何かの縁。そう、いいんちょと僕はやっぱり縁があるのだ。……彼女がもうすぐ卒業するにしても。
（一緒に祭りをまわらないかと誘おう！）
　よし、と目を輝かすと、解理はピョンピョンと飛び上がりながら手を振った。
「いいんちょ……じゃなくて北風先輩！！」

　無事に貴子を誘えた解理は、参道を一緒に上がりながらお互いの近況報告をした。
「さすが先輩は進学準備に余念がないですね……僕の方は期末テストが終わったところです」
　……手応えはさほどなかった事は黙っておく解理。貴子はそれに気付かず「そうよね。１、２年生は期末よね」と１人頷いている。勉強の話はここら辺にしようと解理はまた口を開いた。
「そうだ。先輩の家ってちゃんとした雛人形飾ったりとかしてたんですか？」
「雛人形？　いいえ」
　貴子はちょっと眉をしかめて首を振った。
「母がだらしのない人だったから……。そもそもあるのかどうかも知らないわ」
「そうですか」
　貴子も自分と一緒でひな祭りに雛人形を飾っていない。解理はちょっとだけ嬉しくなった。ほんとはそんな事思っちゃいけないのかもしれないけど。

（それにしても……）
　貴子と一緒に歩きながら、解理はそっとその横顔を盗み見た。
　久々に見る貴子は前より大人に見える。解理はそう感じていた。
（中学校時代も高校生はなんか大人に見えたが、あれと同じ心境だろうか？）
　凜とした貴子の横顔。その清廉さは人によってはとっつきにくさと取られるかもしれない。でも、彼女は曲げないのだ。人に何と思われようと曲げないのだ。
（多分先輩補正が入ってるのもあるだろうけど……）
　貴子の横で、解理は１人静かに頷いた。

　どのみち言えることは１つ。
　先輩は、やっぱり僕の憧れになるぐらいかっこいいって事だ。

　楼門をくぐって社殿のある境内に出た２人は、賑わう境内の様子を楽しむ。そして社務所にある『ながしびな』ののぼりを見た解理は、貴子を誘って一緒に流し雛をする事にした。
　薄桃色の紙を前に、ちょっと考える解理。そしてこう願い事を書いた。
『僕の大切な人達が健やかに過ごせますように』
　僕の大切な人達。友人や、こうして久々に元気な姿を見た先輩。そして……彼も。
　みんなみんな、いつまでも元気でいて欲しいから。
「……さ、伊賀さん。笹舟は出来た？　流しに行くわよ」
　ちょっと物思いに耽っていた解理は、貴子の声で我に返った。
「あ、は、はい！　今作ります！」
　解理は慌てて笹舟を折る。貴子はどうやらもう済ませてしまったようだ。
　早くしなきゃと思いながらも解理は頬が緩むのを押さえられなかった。貴子が当然のように笹舟を流すのを誘ってくれたからだ。
（先輩のお願い事は何だろう。……何にしても先輩は自力で叶えちゃいそうだな）
　そんな事を考えればまた笑みが零れる。そして笹舟を折り終わった解理は元気に貴子の許へ走り寄った。
「お待たせしました、先輩！　行きましょう！」