みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　さざめく笑い声。楽しそうな人々が行き交う境内。楼門には３月の陽が柔らかく当たり、また境内に目を落とせば桃の花がそこかしこで早春の彩りを見せている。
　そんな神社の片隅で、日々野結衣香は手元の甘酒をこくりと飲み、幸せそうに息を吐いた。
「は～、風流だなぁ」

　寝子島神社はいつもとは違った装いだ。ちらほら見える女の子達の和服姿。楼門を出た鳥居付近では甘酒やひなあられ、桃の花などが振る舞われ、人々が普段は口にしないその懐かしいお菓子や飲み物を楽しんでいる。桃の花が彩りを見せるこの光景。新年の背筋が伸びるようなすがすがしさとはまた違った、温かいものだ。
　ひなまつりのこんな光景は、どれくらい繰り返されてきたのだろう。遥か昔から、人々は春の訪れをこんな風に楽しんだに違いない。そしてそんな１日を、今現代の私も楽しんでいる。人間の変わらない心の趣に、結衣香はじんわりと嬉しくなる。そして気分のままにそっと口笛を吹き始めた。
　その調べは誰もが知っている時代劇の主題歌。途端に彼女のろっこん＜武士召喚＞が発動した。
「……ここはどこでござるか？」
　突然呼び出された武士……通称ござるさんは、きょろきょろと辺りを見回した。そんな彼を見ながら結衣香はふふと笑って言った。
「今日はひなまつりなんですよ、ござるさん。一緒にお散歩しませんか？」

　結衣香はござるさんと境内を散策した。
　今日は和服姿の人も多く、彼の出で立ちも悪目立ちしない。桃の花を楽しんだり、ござるさんのために新たに甘酒とひなあられを貰いに行き、２人で仲良く味わったり。
　今日の結衣香は良く笑った。ござるさんも良く知っている風習だからだろう、肩の力が抜け楽しそうだ。ござるさんがのんびりと呟いた。
「楽しいでござるなぁ」
　結衣香もござるさんの隣で柔らかな陽射しを浴びながら答えた。
「ほんとですね……ふふふ、甘酒で酔っちゃったかもしれませんねぇ」

　ござるさんはしばらく寝子島神社のひなまつりを楽しむと、「ありがとうでござる」と言葉を残し、消えていった。
　結衣香は楽しさの余韻をその頬に残しながら、くるりと境内を見渡す。すると『ながしびな』ののぼりが目に入った。
（流し雛か……。楽しそう）
　結衣香が流し雛をするかどうか迷っていると、その背中がポンと叩かれた。
「やっほーい、結衣香ちゃん！」
「野々さん！」
　野々ののこがにししと笑いながら立っていた。

　結衣香がののこに流し雛の事を話すと、ののこは目を輝かせた。ののこに半ば引っ張られるように結衣香は社務所に着き、２人は巫女さんから流し雛を受け取った。

「神様にお願い事か～。なんにしよっかな」
　う～んとらっかみであるののこが考える。中々シュールな光景である。
　そんな彼女を結衣香は優しく見守っていた。だって、彼女はどうしたってただの女子高生にしか見えないから。するとくりんとののこが結衣香の方を向いた。
「結衣香ちゃんはお願いなんにするの～？」
「え、私ですか？」
　結衣香はちょっと瞬きすると、にこりと答えた。
「『これからも良い作品や人たちと出会えますように』ですね」
「お～、すごーい！　いい願い事だね！」
　うんうんと頷くののこに結衣香はちょっと照れて笑った。
　これ以上の願い事は私にはないから。最上級のお願い事。
　すると結衣香のお願い事を聞いて考えていたののこがパッと目を輝かせた。
「じゃあ私は『お友達をもっといっぱいいっぱいいっぱい作る！』にする！」
「いいですね、野々さんらしくて」
「でしょー！」
　春の初めの光の下、女子高生２人が仲良く微笑み合った。