みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　猫又川に、女の子の姿があった。
　雛祭りに合わせたのであろう。桃の花の紋をあしらった着物に袴と草履。そしていつものスケッチブックも携えて。旅鴉月詠は赤い瞳で涼やかに猫又川を眺めていた。

　本日の猫又川は、あちらこちらで人々が寝子島神社で受け取った流し雛をしようと、笹舟を水面に浮かべている。そんな彼らに溶け込むように立ちながら、月詠は自分の手にしている物を見た。
　それは、藁の舟。藁を編んで作った大きな舟。月詠が作った物だ。そしてこの大きめな舟には、紙で作られた内裏と雛……だけでなく、三人官女と五人囃子も乗せられていた。
（内裏と雛だけでは寂しいからな）
　紙の彼らが持つ道具も、舟の飾りもやはり同じ紙で丁寧に作られている。これが月詠の流し雛だった。
　なぜ、たった１度、それも流して消えてなくなるものの為にここまでするのだろう。
　……そう問うても、彼女はほんの少しだけ笑みらしきものを浮かべながら言うだろう。「ただ１度だからこその芸術だ」と。

　月詠は袂から、薄桃色の紙を取り出した。それは、寝子島神社で配布されていた流し雛。自分の流し雛を神社でお清めして貰った時に、受け取ったものだ。月詠は神社の雛も、そっと自分の舟に乗せてやった。
　総勢１１人と大所帯になった月詠の舟。それもまた良いだろうと月詠は思う。賑やかな方が楽しいだろうから。
　除災招福。寝子島の民が今年も多くの幸があらんことを。そう考えていたら、舟も大きくなってしまったのだ。
（というのは建前で、単に手間かけたらこんなになってしまっただけだけどね）
　何が本音で何が建前か。自分で自分を混ぜっ返しながら、舟を持って月詠は川縁にしゃがんだ。と、その時。彼女の背中に声がかけられた。

「うわー、月詠ちゃんの舟大きいねー！　きれーい！」
　そこには、笹舟を流しに来た雨寺凛が立っていた。

＊＊＊＊＊＊＊

「よーし、じゃあ流すよー！」
　折角だから一緒に流そうと川縁にしゃがんだ２人。それぞれの舟をそっと水面に浮かべた。
「……お、浮いた浮いた！　綺麗に流れていくねー！」
　笹舟は軽やかに。藁の舟はぐんぐんと。川の流れに任せて進んでいく。それを見ながら月詠は言った。
「……水を吸いきった藁は重くなり水の中に沈んでいく」
「え、そうなの？　あんなに綺麗な舟なのにもったいないね」
　凛がちょっと驚いて月詠を振り返る。月詠は小さく笑いながら首を振った。

　そう、やがてあの舟は水に沈んでいくだろう。雛を形成する紙も水溶性。舟が沈むと彼らも水に溶けていなくなるのだ。
　ヒトの厄も、その願いも全て彼女らが水の底へと連れて行く。
　千年以上も、ヒトは変わらないのだ。変わらず災厄を怖れ、幸福を願い、その思いを雛に託すのだ。

「身代わりとなる彼女らの為に、手向けの祈りを捧げよう」
　小さくなっていく舟を真っ直ぐ見ながら月詠は言うと、静かに目を閉じ手を合わせた。

　凛は静かに祈る月詠をしばらく見ていたが、やがて川面に視線を移した。
　いつもは静かに流れる猫又川に、今日はたくさんの笹舟が流れていく。その光景を見ていると、凛はなんだかわくわくしてきた。
　猫又川の澄んだ水面。そこにたくさんの願いが流れていく。たくさんの希望が流れていく。未来に向かって。

「みんなのお願い、叶うといいなぁ♪」
　川面に向かって呟くと、凛は目を開けた月詠に笑いかけた。
「うん、異論はないね」
　月詠もうむと頷く。

　２人は並んでいつまでも笹舟が流れる川を眺めていた。