みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　道行く人がほおと言う顔で振り返る。
　春が、歩いていた。

　御巫時子は桃の花の刺繍が施されたお気に入りの着物で、参道を上がっていた。髪には大好きな五十嵐尚輝が選んでくれた髪留め。ひなまつりを楽しもうと、時子は神社に来たのだ。
（あの雛飾りは素敵でしたね……）
　ゆっくりと参道を歩きながら、時子は来る途中に見たお店の雛飾りを思い出していた。
　美しい顔のお内裏様とお雛様。あれが先生と自分だったら……と思うと、時子の頬に可愛らしく朱が差す。
（実家の雛人形も大好きでしたけど）
　時子は星ヶ丘寮住まいのため、今年は雛人形は飾っていない。実家にあった雛人形は年代物だった。時子は小さい頃のひなまつりを懐かしく思い出した。

　そうこうしている内に楼門の前に着いた。そこでは甘酒やひなあられが配布されていたので、結構な人混みだ。ちょっと時子が戸惑っていると、時子の肩がポンと叩かれた。
「こんにちは、御巫さん」
　分厚い前髪の後ろで、尚輝の目が細くなった。

　運動がてら神社に来てみたのだと言う尚輝。時子は尚輝に甘酒を飲まないかと誘ってみた。
「いいですね」
　尚輝が穏やかに言う。時子は悪戯っぽく微笑んだ。
「うたたねしないで下さいね、先生」
「流石に甘酒ではしませんよ」
　そんな風に軽口を交わしながら、２人は甘酒の配布所に歩いていった。

　２人はほっこりと甘酒を楽しんだ。
「甘くて美味しいですね……」
　ほっとしながら言う時子に、そうだと尚輝が何かを時子に差し出した。時子の瞳が少し大きくなる。
「桃の花、ですか？」
「甘酒の近くで振る舞っていたので貰ってきたんです。いりますか？」
「勿論です！　ありがとうございます」
　時子は嬉しそうに桃の花がついた枝を尚輝から貰う。そしてその可憐な花にそっと顔を近づけた。
「甘い香り……桃の木には魔よけの力があるらしいですね。先生も部屋に飾られてはいかがですか？」
「いや、僕はいいですよ。アパートにもなかなか戻りませんし」
　尚輝は頭を掻きながら言うと、時子を優しく見た。
「花はやはり女の子のものでしょう。……桃の花が着物から抜け出してきたようですね、似合ってますよ」
　時子の頬が桃色に染まった。

　２人はせっかくだからと流し雛をする事にした。人混みに流されそうになる時子の手をパッと尚輝が掴んだりと、嬉しいアクシデントがあったりしながら２人は社務所に辿り着く。そこで巫女さんから流し雛を貰うと、願い事を書く為ペンの置いてあるテーブルに移動した。

　時子は尚輝に見えないように、そっと薄桃色の紙に、
『学校以外でも尚輝先生ともっと会えますように』
と書いた。
（でも、今日会えた事は神様に感謝をしないといけませんね。笹舟を流す時、お礼を言いましょう）
　そんな事を思いながら、時子は笹舟を作り終える。そして尚輝の方を見た。
「先生は書き終わりましたか？」
「ああ、はい」
「何て書かれたんですか？」
「……もっと実験が出来ますように、と」
　とても尚輝らしい願い事で、時子はくすりと笑ってしまう。尚輝がボリボリと頭を掻いた。

　尚輝がこの後も特に予定はないと言ったので、時子は一緒に猫又川まで笹舟を流しに行く事にした。
　仲良く参道を歩く２人の背中。ほわりと幸せの春霞がかかっていた。