みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

（……１人神社を散策するなんて大人よね！）
　時高クレオはそう思って寝子島神社に来てみたのだ。まだ少し冷たい早春の風に吹かれながら、ちょっと両手に息を吹きかけ憂い顔で人気のない境内を散策する―――そんなどこかの女優が似合いそうな場面をぜひぜひ自分でもやってみたくて、クレオは神社にやって来たのだ。が、しかし。

「な、なんだか賑やかね……」
　神社の様子はクレオの想像とはおおよそ違っていた。立ち並ぶ屋台、行き交う人々、そして辺りに漂う食欲を刺激する匂い……。
　事態が飲み込めないクレオはきょろきょろと周囲を見回してみる。そして参道にあちこちに立てられているのぼりを見て気が付いた。
（ひなまつり？）
　そういえば今日は３月３日。ひなまつりだったではないか。まさか神社で催しが、それも屋台まで出てるなんて知らなかった。
（ま、でもひなまつりって女の子……つまりは子ども、お子さまのお祭りよね。クレオは大人だから関係ないわ）
　クレオはくいっと顎を上げながらふふんと踵を返す。そして屋台には一瞥もくれず歩き出……そうとしたが、その足はなぜかふらふらと屋台の方へ引き寄せられていった。
（ああ、だ、だめ！！！　この美味しそうな匂いに逆らえないっ！！）
　大人なはずのクレオは夢遊病のようにたこ焼きの屋台の前に立つと、そこのオヤジに元気よく言った。
「おじさん、たこ焼き１つね！　かつおぶしと青のり、いーっぱいかけてね！」

＊＊＊＊＊＊＊

「屋台のたこ焼きってそれだけで反則よね……」
　最後の１個を口に放り込み、甘酒をごくりと飲むとクレオはほうっと息を吐いた。……当初の予定とは随分違う息の吐き方である。ま、でも、ここまできたら。
（せっかくのひなまつりなんだから、存分に楽しまないとだめよね！）
　お腹も満ちたし、体も温まった。いつにも増して元気になったクレオはその茶色の瞳をきらきらと輝かせながら、ぐるりと境内を見渡してみる。と、社務所の『ながしびな』ののぼりが目に入った。
「うんうん、楽しそう！」
　ふふ、とその可愛らしい唇から笑みが零れる。クレオは早速社務所に行ってみる事にした。

「……へぇ、これにお願い事を書けばいいのね」
　巫女さんから渡された薄桃色の人型の紙を、クレオはちょっと首を傾げながら見つめた。
（お願い事か。なんにしようかな）
　そう思いながら何気なく辺りを見回すと、１人の女の人の姿が目に入った。

　高校生か、大学生くらいだろうか。凜と背筋を伸ばし、真剣に紙を見つめるその姿。やがて迷いなく紙にペンを走らせ、何を思ったのだろうか、ふっと苦笑するその姿。
　他の人とは違う雰囲気に、思わずクレオは彼女に話しかけた。
「あ、あの……お願い事、なんて書いたんですか？」
　その女性―――壬生由貴奈はのんびりと振り返った。彼女はクレオの問い掛けにさして驚くことなく、自分の笹舟に乗った流し雛を見つめる。そしてクレオに向き直ると、悪戯っぽく人指し指を立てて自分の唇にあてた。
「……ひみつだよ」
　そう言って軽くウインクすると、由貴奈は柔和な微笑みを残してその場を離れていった。

　その背中をクレオはちょっとぽーっと見送る。そしてハッ！　と気が付くと自分の流し雛を見た。
（やっぱり、『クールでカッコいい大人の女性になれますように』って書こう）
　さっきの女の人も格好良かった。あんな風に素敵に振る舞えたらいいのにな。
　そう思いながらクレオはペンを取る。しかし書く直前でその手を止め、むんと眉をひそめた。
（……『なれますように』じゃないわ）
　クレオは思い直すとお願い事をハッキリと書き込んだ。
『クールでカッコいい大人の女性になる』
　その文字を見つめ、クレオは満足そうに頷いて言った。
「有言実行、よね！」

　そしてクレオは笹舟を作ると、軽やかに駆け出した。
　さあ、これを猫又川に流しに行こう。あの素敵な女性はいるだろうか？
　早春の風が、頑張れと言うようにクレオの背中をそっと押した。