みんなで楽しいひなまつり！｜リアクション

みんなで楽しいひなまつり！

　青空の下、『ひなまつり』ののぼりが時折吹く早春の風に揺れていた。

「もう３月、雛祭りなんだねぇ……神社でお祭りやってるなんて知らなかったなぁ」
　壬生由貴奈は九夜山を見上げた。その中腹には寝子島神社の社殿が木々の間から見え隠れしている。そして社殿に続く参道にはのぼりと屋台が立ち並び、人々が吸い込まれるように笑いさざめきながら上っていく姿が見えた。
　参道のあちらこちらには桃の花が咲いている。きっと社殿の方にはもっとたくさん咲いているかもしれない。
「せっかくだし寄って行こうかねぇ」
　そう独り呟いても、息は白くならない。けれど、まだ肌寒いのがこの季節。熱い甘酒でも飲めばきっと体もほかりと温かくなる。中途半端で、でも確実に春に近付いていて。
　ほんの少しわくわくする花が由貴奈の心に咲いたようだ。彼女はゆったりと参道を上り始めた。

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　たくさんの屋台をひやかしながら参道を上り、由貴奈は社殿のある境内に辿り着いた。
　お参りを済ませてから、由貴奈はぐるりと辺りを眺める。すると社務所にある『ながしびな』ののぼりが目に入った。
（へぇ、流し雛できるんだ）
　由貴奈は早速社務所に足を向ける。そして窓口を覗き込み、言った。
「巫女さん巫女さん、１組ちょーだい、うちも流し雛やるよぉ」

　無事に巫女さんから流し雛を貰い、由貴奈は願い事を書こうと脇のテーブルに移動した。
（……この行事って、確か身の穢れを流すためのものなんだっけ。流れて行った穢れはどこに行くんだろーねぇ。神様のところ？）
　流し雛を前にぼんやりと由貴奈は考える。ぽやぽやとある姿が浮かんだ。
（少なくともこの寝子島には神様は存在するけど、あの神様たち……テオとかが受け取るとは思えないよねぇ）
　こんな事をテオが聞いたらどう思うだろうか。しかしテオは聞いていないのかめんどくさいのか、もれいびの由貴奈に答える事はなかった。
「……さて、そんな難しいこと考えるのはやめやめ。願い事書かなきゃだねぇ。何にしよっかなぁ……」
　首を振り振り、由貴奈は人型の紙を手に取った。いつもは眠たげな瞳にちょっと真剣な光を宿し、由貴奈は薄桃色の紙をじっと見つめる。そして小さく頷いた。
「うん、決めた」
　由貴奈はおもむろにペンを取ると、迷いなく流し雛に書き始めた。そこに書かれた文字は。

『今より何かを守れる力がつきますように』

　―――この１年、寝子島で本当に色んな騒ぎがあった。そしてそれは多分これからもあるだろう。
　自分は、何ができるだろう。この１年で増えたたくさんの大切な人やもの。それを自分の力で守れるようにならなきゃ。

「……まぁ、殴り合いは苦手だし、もっと別の方面で戦えるようになればいいかなー？」
　願い事を書いた流し雛を手に、由貴奈は話しかけるように呟く。すると人型の紙から「……勝手にしろ」とテオの声がした気がした。
　由貴奈は思わずぱちくり。しばらく流し雛を眺めていたが、ふっと苦笑すると貰った笹の葉で手早く器用に舟を作った。
　そして由貴奈は笹舟の上にちょこんと流し雛を乗せる。それを満足げに眺めながら、ふと由貴奈は思い出した。
（そういえば家にあったお雛様、すっかり埃かぶっちゃってるねぇきっと。今日帰ったら久しぶりに飾ってあげようかな）
　新しい光を、お雛様に見せてあげよう。穢れを乗せて川に流す人型の雛から、綺麗な人形を飾るようになった雛祭り。でも、その底に流れているのはいつの時代も同じ。子供が健やかに育つようにという、愛なのだから。

　―――とは言えまずはこの流し雛を猫又川に流しに行ってからだ。
　由貴奈は自分の願いを乗せた笹舟を、両手でそっと持ち上げた。するとどこかであの食えない猫がクスリと笑った気がした。