母の日に｜リアクション

母の日に

●猫鳴館と浜辺

　真辺伸幸は、猫鳴館の自室の文机に便箋を広げて、ペンをとった。
「せっかくの母の日だし手紙でも書こうかねぇ。
　……やあ、届くのはきっと明日明後日にはなっちゃうんだろうけれどねぇ。そこはまあ気分でー」
　ぬー……プレゼントなんだけれどねぇ。
（カーネーションはとーさんが贈るだろうしー……
　かーさんの欲しい物はもう、ねーさんが贈ってるだろうしー……）
「毎年思うのだけれど、俺の贈るものって何も残ってないのよねぇ」
　だからいっつも俺好みの物か食べ物になってしまうのはご愛敬。
「今年はコレだねぇ」
　伸幸が取り出したのは、掌に収まるサイズのとってもいい香りのラベンダーポプリの小袋だった。
「『箪笥の中でも枕の下でも好きな場所で使って下さい』っと」
（俺も自分用のやつをたまに枕の下に入れてるってのは書かなくていいかなぁ。リラックスできるんだよねー）
　後は最近あったことをつらつらと。
『こないだ始めて潮干狩りをしました。楽しかったです。
　球技大会ではサッカーに出て、勝ちました……』
　電話も入学してから一度もしてないしねぇ。
「まぁ、連絡無いのは良い知らせーってねぇ」
　全部書きあがって読み直して。
「ぬ。そうそうー」
『追伸：寮は最初に考えていた桜花寮ではなく、猫鳴館に変えました。楽しいですよ。色々と』
「これで完成ー」
　ポプリと手紙を少し大き目の封筒に入れてー……切手は郵便局で重さ測って貼って貰えばいいよねー。

「やあ、それでは郵便局に出発ーってねぇ。あれ？　……郵便局って日曜やってるんだっけ？」
「どうした」
　玄関先で迷っていると、ファー付きのロングコートを着た邪衣士に声をかけられた。
「ぬん。今日はクマさんじゃないんだねえ。郵便局って日曜日はお休みかな？」
「休みのところが多いだろうが……」
　士は、伸幸の持っている封筒を見て答えた。
「コンビニで郵便を取り扱ってるところもあるから、探してみたらどうだ」
「サンキュー、助かったよー」
　伸幸はお礼を言って、
「邪衣さんはどこに行くの？」
「ああ、ちょっと出歩くのも悪くないかと思ってな」
　
　
（母の日か……流石に熊の皮をかぶってくるのもあれだから）
　蒼い薔薇を抱えた士は崖に立っていた。
　海が見える崖から遠くを眺めたくなって。
「ちょうど方角的に北は向こうにあるんだよな……」
　残念ながら、方向音痴の士が指した方角は逆であったが。
（母の日だ、と言っても俺の母さんは病気でこの世にはもういないわけだが）
「もう４年もたつのか、家を出てからだいぶ経つんだな……」
　家族で楽しく過ごした時間に亀裂が入ったのもその時期だ。
「親父はあの後宝くじで大金を当ててそれ以来人が変わっちまった……まぁ、あんな奴の事を考えると虫唾が走るわけだから」
　
　たまたま崖下にいた草薙龍八に、風に乗って士の声が届いていた。
「ふん、フツウの幸せなんてもろいものだな……」

「……そうだ花もってきたから、母さんが好きだった蒼い薔薇」
　士はそのまま蒼い薔薇を海の方へ投げ込む。
「青いバラの花ことばは神の祝福。奇跡。不可能でありえない。夢がかなう。まるでこの島みたいな花だな……」

「神の祝福だと……俺の姉さんは神を信じて『フツウ』の中にいる奴らに殺された……残された日記には『助けて……』と書いてあった
　……俺は、姉さんの無念を晴らす」
　龍八は歯噛みし、拳を握る。
（俺がしてることは母さんも姉さんも悲しんでるかもしれない……けどな、命を捨てることになっても許してはいけないことがある）
　握り締めた拳が痛くなり、龍八は静かにその場を去った。
　蒼い薔薇が波間に揺れ、やがて消えるまで士は見送っていた。
「さぁて帰るか、猫鳴館に……今日は迷子にならずに帰れそうな気がするな。
　もう少し寄り道してもばちは当たらないかな？
　せっかくだからもう少しうろついて帰るか」

　　　　　　　　　　　　　●　　　　　　　　　　●　　　　　　　　　　　●

「ぬん？　邪衣さんだ～」
　その後士は、迷っているところをコンビニ帰りに寄り道していた伸幸に拾われることになる……

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