母の日に｜リアクション

母の日に

●町で偶然

「母の日かあ……」
　宮祀智瑜は迷っていた。
　桐島義弘先生に母の日のことで話を聞いてほしくて。
　昨日職員室を訪ねたけれどあいにく不在だった。
　いっそ学校まで会いにいこうか。
　会えるとは限らないけど……
　とにかく支度をして、旧市街の家から出かけた。

　学校へ向かおうと駅を出た智瑜は、一瞬目を疑った。
　義弘先生が向こうの歩道を歩いてる！
「せ、先生！」
　夢中で手を上げ、追いかけた。
「義弘先生、相談したい事が……あっ！」
　慌てた智瑜は、気付けば先生にダイブしていた。
　一瞬固まった桐島先生は、ちょっとよろけながらも智瑜を受け止めてくれた。
「ご、ごめんなさいっ」
「また君か……平気か」
「はい……ごめんなさい、いつも何もないところで転んじゃって。
　胸のお陰で痛くはないんです」
　赤くなりながら謝るのもいつもの事。
　先生に気付かれないようにズボンをチラッと見る。
　だが先生も気になっていたらしい。
「大丈夫だ、今日のズボンは丈夫なんだ」
　胸を張った先生だが、智瑜の視線は揺れるボタンを見つけていた。
「……あ、義弘先生、袖のボタンが」
「む……」
　
　先生のズボンが破けた時にすぐに繕える様に携帯の裁縫セットをいつも持ち歩いている智瑜である。
　さっそくボタンつけを始めた。
「それで、何か用だったのか？」
「はい、実は……母の日の事で相談したくて」
　手を動かしながら智瑜は話し始める。
「母の日が近いので花束以外に何か出来れば良いなって思ってます。
　私は母の日は必ずお墓参りに行ってるんです」
「そうか、宮祀のご両親は亡くなられたと言っていたな……」
　桐島先生は気づかわしげな表情になった。
　母の日は決まって白いカーネーション。
「亡くなったお母さんが好きだったのが白い花だった、とお婆さんから教えてもらったんです」
「先生は母の日に何を贈るんですか？
　お母さんが好きなものって白い花しか覚えてないから。
　クラシックを良く聴いてたらしいけどお墓で流すのは流石に悩みます」
「む。定番だが、カーネーションだな……何が欲しいのか聞いてもいらないというし、何を選んだらいいか思いつかなくてな。
　宮祀のお母さんも、白いカーネーションを喜んでいるのじゃないかな」
「そうですね……ありがとうございます。はい、終わりました」
　智瑜は、裁縫セットをしまい、笑顔で言った。
「義弘先生は母の日にお嫁さんを連れてくるのも喜ばれそうですよね。」
　そのまま先生に腕を回し、抱きしめる。
　しんみりしないように、泣きそうになるのを我慢して。
　「な……大人をからかうものじゃないぞ。それは喜ぶだろうが、なかなか難しい。おい、宮祀……」
　びりっ。
　嫌な音とともに、智瑜の涙は納まったのだが。