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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
いつかあなたの鏡写し
からんころん、とドアベルが鳴り、「CLOSED」と記された掛け看板が揺れる。
ここはとある喫茶店。志筑 かりんが一人で切り盛りしている小さな店だ。
「…………」
今日のお店は定休日。彼女は掃除のために私服で店まで来ていた。普段は制服でカウンターの奥に立っているだけにいつもとは違った新鮮な感じがする。それが少しおかしくて、かりんはつい口元を緩めてしまう。
「さ、掃除を始めちゃいましょうか」
店の奥まった場所にあるロッカーへ行こうとして、けれどかりんは立ち止まってしまった。
奥まった店の隅。日の当たらない、暗い場所。そこに一人の女性が座り込んでいた。じっと何かに耐えるように、うずくまっていた。よく見れば、彼女は時折肩を震わせている。
ああ、泣いている。そう気付いてしまったかりんは、ゆっくりと近寄って、心配そうに声をかけた。
「あなた、泣いているの？ 大丈夫？」
「…………」
音もなく涙を流す女性が、声をかけられて振り返る。その顔を見て、かりんは驚いてしまった。目の前の女性は、自分だったのだから。
驚くかりんとは対称的に、カリンは虚ろな表情で涙を流し続けている。
「……どうしたの？ 何か、悲しいことがあったの？」
問いかけて、けれど答えは返って来ない。かりんにはわかりきっていたことだ。今のカリンは答えを返せるような状態ではなかったことも、そしてこの問いかけの答えすらも。
彼女はまだ妻で、もうすぐ母親になるはずだった頃の15年も前の自分だ。高速道路での多重事故に巻き込まれて、夫も、お腹に宿していた赤ん坊も亡くした時のかりんだった。
当時のことを思い出しそうになって、かりんはぎゅ、と拳を握り締める。固く、固く、痛くなるほどに。痛みを感じられるなら、今、この時間に生きている証明になる。
なんとかなるわ。胸中で、自分に言い聞かせるようにそう唱える。思考を前向きに切り替える。もう、涙は流さない。
「ちょっと待ってて、今お茶を淹れてあげる」
ぱたぱたとカウンターの奥、厨房の方へと向かって、温かいお茶を淹れて来る。淹れている間に、どこかへと消えていなくなってしまうのではないかと不安にもなったが、カリンはじっとうずくまっていた。
「はい、どうぞ」
動こうとしないカリンのそばに、彼女の分の紅茶のカップとソーサーを置く。ふわりと香るのは、リラックス効果のあるカモミールの匂いだ。それに反応したのか、カリンが「あ……」と顔をわずかに上げる。そういえば、夫とケンカした後に、カモミールを飲んで仲直りをしたっけ、とかりんは思い出した。
「……大丈夫よ。今は悲しくても、きっといつか乗り越えられるから」
隣に腰掛け、かりんは隣の自分を見ずに、ただ前を見て続ける。
「『ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー（悲しみは海ではない、だからすっかり飲み干せる）』……。ロシアにね、そういう言葉があるの。いつか、その悲しみを飲み干せる日が来るわ」
一息、呼吸する。
「そしたら笑いましょう。じゃないと、あの人たちが心配しちゃうわ」
は、と一息の呼吸の後に、泣き声が聞こえてきた。我慢なんてしない、大きく激しい大雨のような泣き声。
「思う存分泣きなさい。我慢はよくないものね」
かりんはただ、口元に穏やかな笑みを浮かべて、カリンを抱擁する。
――いったいどれほどの時間、彼女は泣き続けていただろうか。
ひとしきり泣き終えたカリンは、床に置かれたすっかり冷めてしまったカップを手に取った。震える手で、彼女は乱暴にカップの中の紅茶を一息に呷る。
「……ごちそうさま、ありがとう」
カチャリとカップをソーサーに置いて呟いたようなカリンの声はまだ弱々しくて、震えていたけれど、それでも生来の前向きさを少しは取り戻していたようだった。
「やっぱり笑顔が一番ね」
「……ええ。笑っていれば、なんとかなるわ」
穏やかに微笑むかりんに対して、弱く、けれど確かな希望を滲ませて、カリンは笑う。
ふ、と目の前のカリンが消える。まるで白昼夢だったかのように。
「心の傷までは移せないけれど、少しは癒やすことができたのかしら」
かりんは両手を見て、笑んだ。
ふとカップの中身を見ると、まだ紅茶が残っていた。さすがに一息に飲み干すことはできなかったらしい。
まだ人の温もりが残るカップを手に取って、もう冷たい残りの紅茶を全て飲み干す。
立ち上がり、台所でカップも冷たい水で洗い流せば、もうどこにも熱は残っていなかった。
「さあ、お掃除しちゃいましょうか。私もあの人に心配はさせられないわ」
そうよね、あなた。
胸中で呟くかりんの鼻腔に、カモミールのかすかな香りがかすんでいった。
ここはとある喫茶店。志筑 かりんが一人で切り盛りしている小さな店だ。
「…………」
今日のお店は定休日。彼女は掃除のために私服で店まで来ていた。普段は制服でカウンターの奥に立っているだけにいつもとは違った新鮮な感じがする。それが少しおかしくて、かりんはつい口元を緩めてしまう。
「さ、掃除を始めちゃいましょうか」
店の奥まった場所にあるロッカーへ行こうとして、けれどかりんは立ち止まってしまった。
奥まった店の隅。日の当たらない、暗い場所。そこに一人の女性が座り込んでいた。じっと何かに耐えるように、うずくまっていた。よく見れば、彼女は時折肩を震わせている。
ああ、泣いている。そう気付いてしまったかりんは、ゆっくりと近寄って、心配そうに声をかけた。
「あなた、泣いているの？ 大丈夫？」
「…………」
音もなく涙を流す女性が、声をかけられて振り返る。その顔を見て、かりんは驚いてしまった。目の前の女性は、自分だったのだから。
驚くかりんとは対称的に、カリンは虚ろな表情で涙を流し続けている。
「……どうしたの？ 何か、悲しいことがあったの？」
問いかけて、けれど答えは返って来ない。かりんにはわかりきっていたことだ。今のカリンは答えを返せるような状態ではなかったことも、そしてこの問いかけの答えすらも。
彼女はまだ妻で、もうすぐ母親になるはずだった頃の15年も前の自分だ。高速道路での多重事故に巻き込まれて、夫も、お腹に宿していた赤ん坊も亡くした時のかりんだった。
当時のことを思い出しそうになって、かりんはぎゅ、と拳を握り締める。固く、固く、痛くなるほどに。痛みを感じられるなら、今、この時間に生きている証明になる。
なんとかなるわ。胸中で、自分に言い聞かせるようにそう唱える。思考を前向きに切り替える。もう、涙は流さない。
「ちょっと待ってて、今お茶を淹れてあげる」
ぱたぱたとカウンターの奥、厨房の方へと向かって、温かいお茶を淹れて来る。淹れている間に、どこかへと消えていなくなってしまうのではないかと不安にもなったが、カリンはじっとうずくまっていた。
「はい、どうぞ」
動こうとしないカリンのそばに、彼女の分の紅茶のカップとソーサーを置く。ふわりと香るのは、リラックス効果のあるカモミールの匂いだ。それに反応したのか、カリンが「あ……」と顔をわずかに上げる。そういえば、夫とケンカした後に、カモミールを飲んで仲直りをしたっけ、とかりんは思い出した。
「……大丈夫よ。今は悲しくても、きっといつか乗り越えられるから」
隣に腰掛け、かりんは隣の自分を見ずに、ただ前を見て続ける。
「『ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー（悲しみは海ではない、だからすっかり飲み干せる）』……。ロシアにね、そういう言葉があるの。いつか、その悲しみを飲み干せる日が来るわ」
一息、呼吸する。
「そしたら笑いましょう。じゃないと、あの人たちが心配しちゃうわ」
は、と一息の呼吸の後に、泣き声が聞こえてきた。我慢なんてしない、大きく激しい大雨のような泣き声。
「思う存分泣きなさい。我慢はよくないものね」
かりんはただ、口元に穏やかな笑みを浮かべて、カリンを抱擁する。
――いったいどれほどの時間、彼女は泣き続けていただろうか。
ひとしきり泣き終えたカリンは、床に置かれたすっかり冷めてしまったカップを手に取った。震える手で、彼女は乱暴にカップの中の紅茶を一息に呷る。
「……ごちそうさま、ありがとう」
カチャリとカップをソーサーに置いて呟いたようなカリンの声はまだ弱々しくて、震えていたけれど、それでも生来の前向きさを少しは取り戻していたようだった。
「やっぱり笑顔が一番ね」
「……ええ。笑っていれば、なんとかなるわ」
穏やかに微笑むかりんに対して、弱く、けれど確かな希望を滲ませて、カリンは笑う。
ふ、と目の前のカリンが消える。まるで白昼夢だったかのように。
「心の傷までは移せないけれど、少しは癒やすことができたのかしら」
かりんは両手を見て、笑んだ。
ふとカップの中身を見ると、まだ紅茶が残っていた。さすがに一息に飲み干すことはできなかったらしい。
まだ人の温もりが残るカップを手に取って、もう冷たい残りの紅茶を全て飲み干す。
立ち上がり、台所でカップも冷たい水で洗い流せば、もうどこにも熱は残っていなかった。
「さあ、お掃除しちゃいましょうか。私もあの人に心配はさせられないわ」
そうよね、あなた。
胸中で呟くかりんの鼻腔に、カモミールのかすかな香りがかすんでいった。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2017年01月12日
- 参加申し込みの期限
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- 2017年01月19日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2017年01月19日 11時00分
