コロコロ｜リアクション

コロコロ

　八神修は寝る前に思い立ち、紙に宝船を印刷した。続いて筆ペンを手に取り、有名な回文歌を書き添える。
『なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな』
　完成した紙は枕の下に入れた。
　――初夢ではないが、これで……。
　意識は黒い海に呑まれ、寝息が部屋に満ちていった。

　修は冒険家として世界を巡る。帆船スターヒル号は荒れた海を物ともしない。鋭い舳先で大波を切り裂いて突き進む。
　操船技術に長けた柴犬のカーキーが自在に舵を操る。側には心強い航海士、猫のブルーが付いていて海図を手に進路を割り出す。何か周辺に問題が発生すれば見張りの猫のタイガが声を張り上げて皆に知らせた。
　冒険には危険が付き物である。冒険家で船長を兼任する修は非常時に力を如何なく発揮した。クルーに的確な指示を与える。船に備えられた砲門には速やかに砲手が集まる。猫のブラックが敵船に砲火を浴びせ、マーブル、ミスト、ミルクと続く。
　長旅にはバランスの良い料理が欠かせない。おしゃまなレディ、猫のパトラが腕を振るう。長毛種のロングや子猫のテオテオは料理を夢中で頬張る。見兼ねた修が汚れた口元をハンカチで拭って苦笑した。
　その旅の途中、補給の為に王国に立ち寄った。そこで耳にした。無実の罪で幽閉されている女性のことを。胸を痛めた修は勇名を馳せた冒険家として国王に掛け合った。そこで一つの賭けが成立した。決められた期日で世界一周ができれば女性を自由の身にする、と。
　修は頼もしいクルーを引き連れ、大海原に乗り出した。
　早々と暗雲が垂れ込める。急激な気圧の変化を察知したブルーが新たな進路を提案した。カーキーが応じたものの、大小の竜巻を伴う台風は易々とスターヒル号を巻き込んだ。帆を畳んで全員が必死に耐える。
　流れ着いた島で船の破損した部分の修理が行われた。島民は修達の姿に驚きを隠せない。話を聞けば、この島全体が呪われているのだという。一度、島に漂着すると外には出られない。無理に出航しても戻されてしまう。悲痛な面持ちで人々は語った。
「それでも俺は航海をやめる訳にはいかないんだ！」
　修の気迫に負けて一人の老人がぽつぽつと話を始めた。島の中央部には封印の迷宮と呼ばれる遺跡がある。迷宮の最深部には黄金の髑髏が祀られていて、それを手にした者は願いが叶えられるという。ただし、迷宮に入って戻ってきた者はいないと付け加えられた。
　修は即断した。カーキー、ブラック、ブルーを連れて迷宮に向かう。数々の罠を知略で乗り越える。時に勇敢なブラックに助けられた。カーキーの働きやブルーの知恵を借り、黄金の髑髏を手中に収めた。山のように積まれた金銀財宝を手土産に無事に出航を果たす。
　遅れを取り戻すように船を走らせた。やがて期日を迎えた。見張り台にいたタイガが望遠鏡を覗き込んだ姿で吉報を伝える。
「王国に戻ってきたんだ！」
　修は喜びの声を上げた。水を差すようにタイガが警告する。港を塞ぐように船団が待ち構えていたのだ。全ての船には黒い海賊旗が掲げられていた。
「やはり、あの噂は本当だったのか」
　幽閉されている女性は亡国の姫君で、国の再建を恐れた貴族が犯人に仕立てたのだという。目前に迫る船団は貴族に金で雇われた者達に違いない。
　修の正義の心が燃え盛る。
「総員戦闘配置！　全砲門を開け！」
　クルーは俊敏な動きで応える。
「火力を前方の一点に集中させろ！　突破口を作るんだ！　港に入れば俺達の勝利だ！」
　熱は全員に伝わった。にゃー、と勇ましくも愛らしい鬨の声を上げた。船は猛り、船団に果敢に突っ込んだ。
　前方に火の手が上がる。乱れた船団の間隙を突いてスターヒル号が強引に割り込んだ。船体の側面が抉られ、港に乗り上げるようにして止まった。
　世界一周を果たした修達に国民が盛大な拍手と歓声を贈る。その場には騎士に守られた国王の姿もあった。
　自由の身となったあおい姫は修の元に走り寄る。手を取り合った瞬間、全国民の祝福の声が二人に降り注ぐ。苦労を共にしたクルー達は跳び回って喜んだ。

「……壮大な夢だったな」
　ベッドで目覚めた修は枕に顔を埋め、照れ臭そうな笑みを浮かべた。

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