コロコロ｜リアクション

コロコロ

ダイス　５（ＰＣが心躍るような冒険をする）

　新田亮は眠っていた。片方の閉じられた瞼がピクリと動く。
　――誰かの気配がする。物の怪の類いか？
　反応しないように仰向けの状態でいた。
「おい、坊主」
　声は年老いている。亮は態度で無視した。
「こら、起きろ。おい、ウニ頭」
　特徴を捉えた悪口に歯を噛み締める。辛うじて目は閉じていた。
「チビ、どチビ、短足」
「いい加減にしろ！」
　亮は掛布団を蹴り飛ばし、瞬時に立ち上がった。
「ようやく起きたか」
　灰色のローブを着た老人が目を細める。手には杖を持っていた。奇妙に曲がりくねっていて先端には青白い宝玉が怪しく光る。
「お前、土足だな」
「そこか、そこなのか。この状況で、そこを気にするのか。背と同じで小さいヤツだ」
「ここは日本だ。土足厳禁だ、気にして当然だろ」
　老人は呆れたように顔を左右に振った。
「羽をプレゼントしようと思ったのに」
「俺に羽をくれるのか？」
「自由に空を飛べるというのに、最近の若者は欲がない」
　老人は背中を向けた。帰るような素振りを見せる。それでいて、ちらちらとこちらの様子を窺った。
　亮は拳を握り締めた。怒った目で笑顔を作る。
「無視したみたいになって悪かった。俺に、その、羽をください」
「仕方ない。願いを叶えてやるか」
　杖の先端で亮の頭を叩いた。
「お前、何するんだ！」
「怒る前に背中を見てみろ」
　促された亮は顔を後ろに向ける。一対の羽が生えていた。意志によって伸び縮みが可能であった。
　亮の顔は冴えない。
「コウモリみたいだな。天使のように白くて大きな羽かと思ったよ」
「その身なりで似合う訳がない」
　老人は溜息交じりに言った。
　――このジジイ！
　出そうになった言葉を呑み込んで、そうだな、と亮は震える声で返した。
　老人は満足そうに頷いて闇と同化するように消えていった。
　――よくわからないが、羽は手に入れた。外で試してみるか。
　厚手のパジャマを着ていたおかげなのか。寒さは感じなかった。
　亮はそのままの姿で家の庭に出た。
「こんな感じか」
　羽に意識を集中する。波打つような動きで身体が浮いた。その状態で左右に回ってみる。
「これなら、どこにでも行けそうだ」
　空を見上げた。厚い雲に覆われていて星は見えない。挑戦的な目で垂直に飛び上がった。
　黒い矢じりと化して急激に高度を上げていく。雲を錐揉みで蹴散らし、突き破る。
　視界が開けた。煌めく星はなく、信じられないような絶景が亮を待っていた。
「……なんだ、これは」
　虹色の光彩を放つ天上の布地がはためいている。幾重にも重なって雄大な空を覆い尽くしていた。
　時間の流れは緩慢で亮は身を任せた。
「これがオーロラ。とても綺麗だ。俺は、どうして」
　頬に手を当てると濡れていた。不思議と恥ずかしさは湧いて来なかった。
　亮は羽ばたきながら、いつまでも天上の世界に留まった。

　上体を起こした。真っ先に背中に手をやる。引っ掛かる物は何もなかった。
「ただの夢、だったのかな」
　身体を捩じって枕の下に手を入れた。取り出した紙には力強い筆跡で願いが書かれていた。
『世界最強の格闘家になりたい』
　目に熱意が籠る。よし、と気合を入れて起き上がる。手早くウインドブレーカーに着替えた。
　音を立てないように外に出て軽いストレッチを行う。仕上げに両足で軽く跳んだ。
　用意が整ったところで亮は空を見上げた。薄青い空に大きな雲が浮かんでいた。じっと眺めて、行くか、と一言で走り出す。
　速度を上げて風を切る。背中に羽が生えたように軽快な走りを見せた。

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