コロコロ｜リアクション

コロコロ

　桜花寮のベッドで上下左右が横になる。目を閉じて、また開く。
「そうですわ」
　何かを思い付いたかのように起き上がった。弱々しい光の中でメモ用紙に文字を書き込んでいく。
『陽の当たるテラスで猫さん達に囲まれて甘いものが食べたい』
　願い事を手にベッドに戻り、そっと枕の下に忍ばせた。柔らかい笑みで枕を撫でて速やかに布団へと潜り込んだ。
　仰向けの姿勢を取って瞼を閉じる。
「噂が本当なら、これで願いが叶いまくりで……」
　言葉の途中で深い眠りに落ちた。

　無限に等しい砂漠が広がっていた。灼熱の太陽に炙られて全てが歪んで見える。
「あ、熱いですわ」
　左右がとぼとぼと歩いていた。白い長袖シャツにチェック柄のスカートという軽装であった。持ち物はなく、愛用のステッキも手元にはなかった。
「陽の当たるところが、まさか、砂漠とは、思いませんでしたわ、ぜぇ……」
　弱々しい視線を上げる。膨張した太陽がひしゃげて見えた。思わず、手で遮る。
「凶悪な、眩しさ、ですわ……はぁ、はぁ」
　それでも歩いた。意識を保つ為に頻繁に頭を振った。たまに趣向を変えてヘッドバンギングにも挑戦した。
「クラクラですわ～」
　踊るような足取りで歩を進める。
　左右は目を見開いた。口元を袖口で拭う。
「あれは、スイーツですわ。とてもフレッシュなスイーツが私の到着を待ち侘びているのですわ！」
　不自由な足を無理して走った。砂地が足首を絡め取る。勇ましい掛け声で引っこ抜き、大気を両手で掻き分けて尚も走る。
「な、なぜですの？　こんなに走っているのに、全然、近づけませんわ！」
　走りながら歪む大気に手を伸ばす。虚しく宙を掴み、灰色の目が燃え尽きた炭のように白さを強調してゆく。
「も、もう、限界ですわ、ぜぇ、はぁ、こ、これ以上は……」
　ぐらりと身体が真横に大きく傾く。しかし、倒れなかった。目に歓喜の涙を浮かべて踏ん張った。
　砂漠の彼方から猫達が走ってきたのだ。頭の上には皿が乗っていて色鮮やかなスイーツが繊細な細工で仕上げられていた。
　瞬きを忘れて魅入る。左右の喉が小さく鳴った。
「な、なんて、良い子達なんですの！」
　感激の声を上げた。全身の力が抜けたように座り込む。瞬く間に猫達が取り囲んだ。甘えた声で鳴きながら左右に頭を突き出した。
「ありがとう。皆さんもご一緒にどうぞ～」
　プリンアラモードに備えられたスプーンを手にした。艶やかな側面の一部を掬い取る。柔らかく震えるプリンに極上の笑みを注いで口に含んだ。
　笑みを浮かべたまま、首を傾げる。
「おかしいですわ。妙な味がしますわ……味気なくて……布みたいな？」
　突然、猫達は興奮した様子で左右に詰め寄った。口に皿を押し付けてくる。手で遮ろうとしても圧倒的な数で押し切られた。
「熱烈な歓迎は、モグモグ、嬉しいのですが、パクパク、食べ切れないので、パク、猫さん、あのですね、モグモグ、お待ちになって……ですわ、ですわー！」

　朝陽に顔を照らされた状態で目が覚めた。左右は掛布団の上部を咥えていた。噛んだ部分がぐっしょりと濡れている。
「酷い味ですわ」
　掛布団を遠ざけると胸の辺りを摩った。眩しい朝陽に目を細めたまま、いきなり上体を起こした。
　枕の下から紙を引っ張り出して見詰める。
「テラスが出てきてませんわ！」
　夢の内容に納得がいかないと、声の限りに叫ぶのであった。