！かうょきいえのんこんしたま｜リアクション

！かうょきいえのんこんしたま

　いつのものように、御巫時子は理科室へ向かう。
「尚輝先生、いらっしゃいますか……？」
　扉を開けて顔を覗かせれば、五十嵐尚輝先生の後ろ姿が見えた。
「なんだか、今朝からずっと変な感じがするんですよ。……こう、ボタンをかけちがえているような、シャツを裏表逆に着ているような……」
　窓の向こう、木の枝に止まった一羽の小鳥に話しかけているようだ。
　最初、その姿に……というより声に、時子はなんだか不思議な心地がして。けれど、すぐにそのわけに気付いた。
　先生のぼそぼそした声が、少しはっきり聞こえるのだ。本当に、ほんの少しだけれども。
　そのまま歩みを進めれば、気付いた五十嵐先生が振り返る。
「ああ、時子さん」
　いつもと少し違う声で、いつもと違う呼ばれ方。胸の奥が、なんだかこそばゆくなる。
「お弁当、持ってきました……。今日は、サンドイッチにしてみました……」
　手にしたお弁当の包みを掲げれば、五十嵐先生はすみません、と頭を掻いて。それから、いつものようにビーカーにコーヒーを注ぐ。
「時子さんもどうぞ」
「ありがとうございます……」
　ほどよい温かさのビーカーを受け取って、五十嵐先生の隣の椅子へ腰を下ろす。肘がくっつくらいの距離。そこから、時子は少し椅子を動かして。腕がピッタリ触れるくらいの距離に。
　五十嵐先生が、びっくりしたように視線を向けて、けれど何も言わずにお弁当のサンドイッチを食べ始めた。
　その様子を眺めながら、時子はコーヒーに口をつける。体の中に広がる温かさは、コーヒーのせいだろうか、それとも先生の体温が伝わってくるからだろうか。
　もう少し、先生の体温を感じてみたい。そんな気持ちがふと浮かぶ。そうして気付いた時には、時子は五十嵐先生の腕に頭をあずけていた。
　（重くはないでしょうか……？）
　気にするところが違うような気もするけれど、先生が嫌がる素振りを見せたりしないからいいのだろうか。
「……時子さん、何かあったんですか？」
　どうしてそう思うのだろう、と。頭は預けた格好のまま、視線だけを先生の方へと向ける。
「なんだか、いつもとちょっと違うような気がして……」
　コーヒーを一口飲んで、変なこと言っちゃいましたねと先生は苦笑する。
　いつもと違う、と小さく反芻する時子。五十嵐先生がいつもと違って見えるように、自分もそうなっているのだろうか。
　だとしたら、何処がどんな風に変わったのだろう。先生に聞けば、それもわかるのだろうか？
　そんなことを考えている真っ最中、ふっと時子は気付く。
　（私、結構大胆なことをしているような……）
　手を繋いだり、もっと「近い」状況になったことはあるけれど……それにしたって。
　そろそろと、時子はゆっくり頭を離す。五十嵐先生の方に目を向ければ、
「あれ、何の話してたんでしたっけ？」
　ボサボサヘアーの向こうで、きょとんとしているのがわかった。
　それで、なんとなく察しがつく。
「あらあら、神魂の影響だったみたいですね……」
　呟いた時子の頬は、つかのま積極的だったことへの名残のように、うっすらと朱が残っていた。
「御巫さん？　ど、どうかしました？」
　いつもの声で、いつものように名前を呼ばれて。いつも通りになったことを、再確認。
「いえ……なんでもありません……」
　少し変わっても、先生と仲良くいられた。変わったことに、気付いてもらえていた。そのことが嬉しくて。
　時子は、のんびりと微笑むのだった。

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