２月の★ハッピーバースデー｜リアクション

２月の★ハッピーバースデー

　青いリボンを掛けた包みを胸に抱いて、宮祀智瑜は職員室の前に立つ。
(二月六日)
　心の中で日付を確かめる。
(義弘先生の誕生日！)
　桐島義弘が生まれたこの日のために、放課後キャットロードの色んなお店を回って、喜んでくれそうなプレゼントを探した。
　心を込めてお祝いがしたかった。どうせなら使ってもらえる物を贈りたくて、色々と考えた。
　数学を愛し、数学を理解出来ない生徒にも熱心に理解させようとする義弘先生は、数学を理解する良い手助けとなるパズルの本はたくさん持っているだろうと本屋の前で立ち尽くした。
　ズボンのお尻をよく破く義弘先生でも破けにくいズボンを探そうかと洋裁店の前まで行き、そう言えば持っていたはずだと思い出して踵を返した。
　色々と考えて迷って悩んで、行き着いたのはアニメグッズをたくさん扱う、少々マニアックな書店。等身大美少女フィギュアやトレーディングカード、特典つきアニメDVDが並ぶ書店に智瑜が足を踏み入れたのには訳がある。
　智瑜はおっぱいマウスパッドを探していた。
　以前、義弘先生が手首の疲労軽減の為と言って、柔らかなシリコンをまるで女性の胸のように設えられたマウスパッドを愛用していたのを思い出したためだ。
　漫画にもアニメにも詳しくない智瑜は、ほとんど魔窟とも言える書店内を無防備にうろついた挙句、義弘先生の部屋にあったものと同じ美少女キャラクターのおっぱい(マウスパッド)を発見するに至った。
　おっぱいにでかでかと貼られた『新商品！』のポップに、智瑜は目を輝かせる。特大サイズの新商品ならば、先生でももしかするとまだ購入していないかもしれない。
(喜んでもらえるといいな)
　今日はそのことばかりが放課後になるまでずっと頭を巡っていた。
　髪と同じ黒い睫毛の影を黒い瞳に落とし、智瑜は高鳴る胸を抑えて深呼吸をひとつする。大好きな義弘先生に心をこめてお祝いを言うのだ。そのために数日かけてがんばってプレゼントも探したのだ。
　息を整える。ふわりと熱を持つ頬を掌で擦り、思い切って職員室の扉を開く。
「失礼します」
　意外に人気の少ない職員室を見回し、探さなくても分かる義弘先生の席へ小走りに近づく。
「義弘先生」
「どうした、宮祀」
　書類仕事をしていた手元から顔を上げ、眼鏡の奥の鋭い瞳を瞬かせる義弘先生の前に智瑜は立つ。背広を着込んだ広い背に、熱意溢れるゆえに気難しげな眼差しに、智瑜はほんの僅か、言葉を忘れた。
(大好きです)
　胸に溢れる言葉に、つい頬が熱を持つ。
「義弘先生」
　職員室に居る他の先生たちに気を遣い、智瑜は声を落とした。手にした包みを先生の机にそっと置く。
「これは何だ」
「お誕生日、おめでとうございます」
　少しだけ困ったような顔をする先生に、智瑜は一緒に持ってきた宮祀青果店で使える割引券も差し出した。
「……貰う訳には」
　渋面を作る真面目な先生に、智瑜はどうして誕生日プレゼントがいけないことなのか分からず首を傾げる。
「大きなマウスパッドです」
　言った途端、先生は目を瞠った。おっぱいマウスパッドを自宅で愛用している、普段は冷徹な先生の目元がほんの僅かに赤く染まる。
「大きさは私と同じくらいですよ」
　何が、とは言わず、さらりと口にする智瑜を見、智瑜の胸元をうっかり見、咄嗟に視線を逸らして俯いた先に目の前の生徒と同じ大きさらしいおっぱいマウスパッドの包みを見、先生は言葉に詰まる。
　その先生の様子を見て、智瑜はちょっぴり心配になった。
(もう持ってたらどうしよう)
　その時は予備にでもしてもらえるだろうか。
「ぜひ使って下さいねっ」
　おっぱいマウスパッドのいかがわしさなど知る由もない、それが手首の疲労軽減の道具であると信じて疑わぬ天真爛漫で純朴な笑顔を浮かべて言う智瑜をもう一度見、義弘先生は顔を覆わんばかりに観念した様子で大人しく頷いた。
「ありがとう、宮祀」
　本当はその場で包みを開けて欲しかったけれど、と思いつつ、智瑜は大好きな先生からのお礼の言葉がやっぱり何より嬉しかった。
　嬉しい、と思って、だからこそ再確認する。
(大好きです、義弘先生)

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