降ってきた赤ん坊｜リアクション

降ってきた赤ん坊

　　　１

「どうしたらいい！？」
　東門巧の悲痛な叫びが、校舎裏に響いた。
　取り囲む生徒たちが答えに詰まる中、椎井莉鳥がちらりと青木学を見た。ハンディカメラを構える彼を、ただ「見た」だけなのだが、無表情な彼女だけに、学は「睨まれた」と思ったらしい。
「あ、駄目かな？　誰かになんか言われたときに、俺たち悪いことなんもしてねーよって証明できないかなってさ」
「別に、いいけど」
　学はほっとし、カメラを構えたまま、そういえば、と言った。
「白沢先生さ……あ、分かる？」
「……担任の？」
　巧は自信なさげに答えた。学と巧は同じクラスなのだ。余談だが、学は巧に勉強を教える会のメンバーでもある。正確には、こっそりとろっこんを使って撮影した授業風景のデータを巧に渡している。
「そそ、うちの担任のね。あの人って、子供になっちゃうろっこんらしいじゃん」
　確かに白沢絢子は、お腹が空くと幼児に変身する能力の持ち主だ。担任ではあるが、家庭科の授業を一度も受けたことがなく、必要以上の接点が少ない巧はそれを知らなかった。
「そうなの？」
「だからひょっとしてさ、他人を子供にしちゃうろっこんの持ち主がいたりして。……なんてね」
「それはありえるかもなあ」
　八神修が頷いた。彼はクラスが違うものの、この中では莉鳥や椿美咲紀同様、巧とはやや――と言っても一週間かそこらだが――付き合いが長い。
「ってことでさ、大家さんに見せた方がいいと思う。案外、見覚えがあるかも」
「でも……」
「私も、そう思うですよ」
　美咲紀がバッグの中の赤ん坊をあやしながら言った。
「大家さんの血縁とか知り合いの可能性が一番高いでしょ。いま大家さん青くなって探しているかもですよ」
　その可能性に初めて思い当たったのか、巧は「あ」と言ったきり、青くなった。
「……てか、この子ってメシどうしてんの？」
　学の一言に、巧はきょとんと顔を上げる。
「赤ちゃんって、何食べるの？」
　周囲からため息が漏れる。
「雅樹、ミルクとオムツ買ってきて」
「俺が？　何で？」
　北里雅樹は、莉鳥に頼まれて巧の勉強を見ている一人だが、さすがにそこまでしてやる義理はない。何しろ、彼の懐はいつもちょっぴり寂しいのだ。
　それに雅樹は、今回の件を面白がっている節があった。誘拐でもしてきたのか、と言いかけ、「ゆう」と言ったところで莉鳥のエルボーを食らった。
　今度は睨まれ、無駄だと知りつつも若干の期待をかけて雅樹は右手を出した。ぺしり、と叩かれる。
「分かったよ」
　渋々と、さてどの店で買えば安く済むか、そもそもミルクなんてどこで売ってるんだ？　と呟きながら歩き出す雅樹に、「俺も行こう」と修が言った。
「金は俺が」
「おお、まじで？　助かる助かる」
　財布の心配がなくなって、足取りも軽くなった雅樹と修の姿が見えなくなると、美咲紀がバッグに手を伸ばした。
「取り敢えず、どこかに移動するですよ。東門くんも疲れたでしょうから、この子は私が抱っこしますね」
「あ……お願いします」
　バッグが巧の手から離れたときだった。
「ふえ……」
　赤ん坊の顔が歪み、突如、火が付いたように泣き出した。
　そして、大きな音を立て、すぐ傍の窓が割れた。
「ま、また！？」
「逃げるです！」
　巧はバッグごと赤ん坊を抱きしめた。美咲紀は彼の袖を引っ張り、走り出す。
　音に気付いた教師が駆け付けたとき、校舎裏には誰もいなかった。

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