降ってきた赤ん坊｜リアクション

降ってきた赤ん坊

　　　２

「何とか姿を見られずにすんだわね」
　人目を避け、巧たちは体育倉庫まで逃げてきていた。幸いにして、鍵はかかっていなかった。
「ここなら、風も避けられるし。……でもどうやら、この子が泣くと何かが割れるみたいね」
　ほっと息をつき、莉鳥は赤ん坊のふっくらした頬を優しく突いた。今はすっかり機嫌を直しているようだ。
「でもどうして、さっきは泣いたですか？」
　美咲紀は首を傾げた。
「東門くん、交番で赤ん坊が泣いたとき、何をしようとしていた？」
「え……交番が見えて、おまわりさんがいたから……電話しようと」
「電話？」
「う、うん。目の前に置いてくるのは無理っぽかったから、近くに置いて、電話しようと……交番の番号、分からなかったけど」
　一一〇番は知っていても、交番の個別の番号を知っている人は多くありません。
「地面に、置いたの？」
「……か、可哀想かな、と思ったけど、でも、ちょっとの間だけだよ！　すぐ泣いちゃったし！」
「誤解しないで。責めているわけじゃないから。手を離したのね？　完全に？」
「う、うん、そうだけど」
「……さっきは、椿さんが抱こうとして、東門くんが手を離した」
「あ、そういえば」
「んじゃ、巧くんと離れると泣くってこと？　懐かれてるねえ」
「冗談言ってる場合じゃないよ！　何それ！？」
　学の軽口に巧がパニックを起こしかける。「僕、じゃあ、ずっと離れられないわけ！？」
「今は、ね。解決策はあるはずよ。今はとにかく、指先でも握っていてあげて。……そう」
　莉鳥は赤ん坊をバッグから取り出し、抱き上げた。巧は言われるまま、赤ん坊の指に触れている。
「ほら」
「けど、ずっとそうしているわけにはいかないなあ」
　背後から聞こえた声に、一同は青ざめた。
　ドアをゆっくりと開け、志波武道が入ってきた。
「誰？」
　巧は学の袖を引っ張って、小さな声で尋ねた。学も小声で答える。
「生徒会長」
「ええっ！！？？」
「どうしてここに？」
と、莉鳥。
「それはこっちのセリフ。昼休み、とっくに終わってんの知ってるぅ？」
　莉鳥たちは跋の悪そうな顔になった。ちょうどガラスが割れた直後にチャイムが鳴ったが、全員揃って午後の授業をサボることに決めたのだ。
「そういう会長も」
「俺はガラス割れたところの近くにいたの。君らが逃げてくのが見えたから、追ってきたわけ。そしたら、いやあまさか赤ん坊とはねえ」
「す、すみません……あの、これはその、あの」
　しどろもどろになり、言葉が出てこない。巧は泣きそうになった。武道は笑いながら、莉鳥の腕の中を覗き込んだ。
「おー、赤ちゃんだ。ヤッホー。……で？　話、聞かせてもらえるかな？」
　美咲紀がこれまでのことを掻い摘んで話した。
「なるほどなるほど」
　武道は話を聞く間、指先で赤ん坊をあやしたり、舌を出したり、顔を歪めたりした。赤ん坊はきゃっきゃと笑う。
「君らの言うように、東門君と離れることで泣き出し、それでガラスが割れるなら、まあ当分はくっついてた方がいいだろうなぁ。これ以上、備品が壊れても困るし？」
「事故です」
　莉鳥がきっぱりと言った。
「分かってるって。気の毒だし、さっきの件は内緒にしとくよ。学校側は犯人探しをするだろうけど」
　巧があからさまに安堵したのを見て、武道は笑った。
「毒を食らわば皿まで――こうなったら、俺も共犯だ。これからどうする？　東門君の下宿に戻るんだろ？」
「もうすぐ買い出し組が戻ってくるので、それからです」
　修から帰るという連絡が入り、美咲紀がケータイをしまいながら言った。

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