寝子島高校一年三組、
東門 巧。
年明けに転校してきた彼は、つい最近まで引き籠りの上、不登校でした。同級生たちのおかげで、不登校の原因――彼は、自分のろっこんに怯えていたのです――が分かり、また勉強を教えてもらったことでどうにか授業についていけるレベルに達しました。
そんなわけで、ちょっと前からこっそり登校するようになっていたのですが。
「東門は今日、休みか?」
その日、昼休みになっても、巧は現れませんでした。元々、毎日登校するわけではないので、周囲もそれほど心配しません。放課後に顔を見に行こう、などと話していると、
「さっき、校舎の裏で見かけたよ」
という証言が出てきました。
気になった何人かが様子を見に行くと、果たしてそこに巧がいました。なぜか大き目なボストンバッグを持っています。
「旅行にでも行くのか?」
ぶんぶん、と巧はかぶりを振りました。長い前髪が大きく揺れます。
「困っちゃって……どうしたらいいか……」
小さな声で、巧は言いました。
「何が?」
「……これ」
巧は、これ以上ないというぐらい丁寧な手つきでバッグを下ろし、チャックを開けました。
そこには、赤ん坊がすやすやと眠っているではありませんか!
「――な!」
「しーっ。大きな声、出さないで。起きたら困る」
赤ん坊の周囲にはタオルが詰め込まれ、クッション代わりにしてあります。
「この子、どうしたの?」
「親戚?」
「……よく分かんないんだ」
巧は今にも泣きそうな顔をしています。
しどろもどろ、つっかえつっかえ彼が話したところによれば、朝起きて、ドアを開けたらそこにこの赤ん坊がいた、というのです。
「捨て子?」
「それにしても、家の外ならともかく、廊下に?」
「寒いから……」
などと生徒たちは勝手に話しました。
「小百合さんには、訊いたの?」
城之内 小百合(じょうのうち・さゆり)は、巧の住む下宿の大家です。ちなみに現在、下宿人は巧一人だけ。
「そ、そんなこと出来ないよ!!」
小百合は古風な人間です。捨て子などと聞いたら、卒倒するかもしれません。
「それじゃ警察へは?」
「それが……」
先程以上に歯切れの悪い様子です。実は、と巧は言いました。
既に警察に連れて行こうとしたのだと。しかし、根掘り葉掘り質問されても困るため、こっそり置いてくるつもりだったと。
「酷い!」
非難の声が上がりました。まあまあ、と誰かが宥めます。
「結局、出来なかったんだろ?」
「だって……」
交番まで近づいたところで突然、けたたましく泣き出したというのです。おまけに、街灯がいきなり割れたため、急いでその場を離れるしかなかったと。
「街灯が割れた?」
「この子、もれいび……?」
結局どうしたらいいか分からず、助けを求めるべくこうして学校にやってきたのです。
「どうしたらいい!?」
巧の悲痛な叫びを聞き、さてどうしたものかと友人らは額を寄せ合いました。
その頃、小百合は庭を見つめていました。
親戚が残してくれた家ですが、長い間誰も住まなかったため、庭の手入れが全くされていません。彼女は、イングリッシュガーデンを作りたいと考えていました。
「無理かしらねえ……?」
どことなく浮世離れした大家は、たった一人の下宿人の悩みも知らず、呑気に呟くのでした。
こんにちは。泉 楽です。
二度目のシナリオとなります。
前回と繫がりはありますが、初めての方でも全く問題ありませんので、お気軽にご参加ください。
また、この話はシリーズものとなる予定です。一話では完結しませんので、その辺を考慮してアクションをかけた方がいいかもしれません。
巧と赤ん坊に関わるもよし、小百合に関わるもよし。他に何かあれば、それもいいでしょう。自由度は割と高めです。
NPC
東門 巧(とうもん・たくみ)
城之内 小百合(じょうのうち・さゆり)
59歳。
巧の下宿のおばさん。家事が得意で面倒見たがり。派手なフリフリのワンピースをいつも着ている。巧曰く「古風」。