マジコーネ大陸記｜リアクション

マジコーネ大陸記

　冒険者たちがもう少しで奥に辿り着こうという、その日の夜。
「ん？」
　高利貸しの屋敷を警備していた黒服は、訝しげに松明の光を暗闇に向けた。
「どうした」
「いや、今誰かそこを通った気が……」
「風だろ。犬も大人しいもんだ」
　見張りがそう言って通り過ぎた後で、近くの草の上に足跡が生まれた。
　誰もいないのに突如現れた足跡は、そのまま静かに屋敷の裏口へと近づいていく。
　やがてカチリ、と音がすると、ひとりでに錠の外れた扉が開き、再び閉じられた。
「……中の警備は外ほどじゃない、か」
　姿隠しのマントを脱ぎ、忽然とリョウが現れた。
　黒い覆面と装束で、闇に溶けるように影から影を歩いていく。
「そろそろだな」
　町長の根回しで、屋敷の見取り図は入手してある。加えて、日中はカラスを使い魔にして警備状況も確認していた。
　狙うは屋敷の奥深く……業者たちの裏稼業の証拠を見つけ出す事。
「ぐ！」
　現われた黒服を出会い頭に昏倒させ、手近な部屋の中に横たえる。黒服の連れていた犬は、一部始終を静かに見つめていた。
「よしよし、いい子だ」
　動物の意識に干渉する魔法――それで暗示にかかった小動物はリョウの手足も同然になる。
　庭の番犬も、それで吠えないようにしたのだ。
「この先の状況を見てきてくれ――」
　リョウは指示を出そうとして……ふいに背後で膨れ上がった気配に総毛だった。
　とっさに跳び退くと、闇色のなにかが足を掠めて通り過ぎていく。
　――犬か！？
　夜のような毛並みの犬だった。通路に降り立った黒犬は、すぐさまリョウに飛びかかる。リョウは暗示をかけるが、
「効かないのか！」
　犬はリョウのものより、はるかに強力な力に支配されていた。爪が装束を裂いていくのを感じながら、リョウは第二撃を回避する。
「よく避けたな、侵入者」
　口笛が聞こえた。通路の向こうに下卑た声で笑う男がいる。
「……『犬使い』ケンウッドか」
　見つかったことを歯噛みするリョウに、犬使いは気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「俺の事を知ってるのかぁ？」
「有名だからな。犬の群れを操って村を襲い、女や子供まで食い殺させる最悪の強盗殺人鬼だ」
「ヒハハハハ、けっこう！」
　ひとしきり笑い、ぎらぎらとした目を愉悦ににじませる。
「じゃあ知ってるか？　俺が狙ったやつは、まず手足を食いちぎられるってことをな！」
　犬使いの足元に、獰猛な犬たちが続々と走ってくる。いずれも黒い犬だった。
　黒犬たちはリョウの暗示よりはるかに高度な、動物支配・統制の魔法によって、襲いかかってくる。
「！」
　リョウは反対方向へと走りだした。すぐさま追いつき、跳びかかってきた先頭の一匹へ、リョウは仕込んでいた短剣を投げつける。悲鳴をあげて地面に落ちた犬を踏み越えて、新たな二匹が我先にとリョウを襲う。
「焔よ！」
　舌打ちし、咄嗟に伸ばした手から火炎を放射した。二匹の黒犬の接近をそれで防ぐ。
「もらったァ！」
　その隙に、肉薄していたケンウッドが炎を恐れず踏み込んできた。
「！」
　剣の刃が迫ってくる。