春のパンケーキ祭り｜リアクション

春のパンケーキ祭り

　次の品を焼いている間に、イリヤがポンチクを連れてホールへやってきた。
「武道さん、働いてると格好良いですよね」
　イリヤが通り過ぎざまに言うので、拓郎はポンチクの方へ駆け寄っていった。
「ふふ、誤魔化さなくても良いのに。
　——そうだこれ。はい、誉さんと桜さんが言ってたものですよ。
　ポンチクと一緒だとお店に入れないから、泉にお願いして買ってきて貰いました」
「呼び出してすぐ出てこられるってことは、日本橋君もこの辺が家なの？」と水樹が質問する。泉と地元同士の会話を弾ませる彼女の姿を、ヒューは新鮮な目で見ていた。
　反対側では誉と桜とイリヤが、ビニール袋を開けてあれこれと話している。
「——あと、ドライフルーツですよね。あ、ごめんなさい誉さん。グミベアも買ってきて貰ったけれど、僕が全部食べちゃった。おかしいな、ふた袋頼んだのに、全部食べちゃった。不況で内容量が減ってるのかな？」
「ええー、なによそれ」
「宿命なんだよ桜さん。僕の中にある血の半分がそうさせる、ロシア人はクマが大好きなんだ」
　謳うイリヤの横から、泉が「１袋保護してある」とまだ封を切っていないものを出した。
「やった！」イリヤが両手を打ち合わせると、泉が「お前はもうやめとけ」と呆れ顔で手を下ろさせ、誉の方へ首を回した。
「これどうするんだ？」
「注文の際、お客さんの好きな形を選んで貰う。あ、連れに内緒にしたい場合は、事前予約とか、紙にこっそり書いて貰うとかで——。
　選んだ形のものをアイスクリームの中に仕込んで、パンケーキの上に乗せると、食べる途中でアイスの中のものに気付いて、仕込まれたメッセージに気付く……なんて、どうかな？」
　英二は逡巡して、うーんと眉を下げた。
「グミやチョコはいいかもしれない。でも飴はちょっと冒険し過ぎなトッピングじゃないかな。隠されてたらうっかり喉に詰まりそう？」
「チョコレートは大きさによっては、アイスクリームをすくうときに割れちゃうかもしれません」
　イリヤが言った途端、エリセイが拳を振った。
「採用しよう！　是非割ろう！」
「アイスの上ならいいかも」
　英二は提案しながら、バニラアイスクリームの上に、ピンクのハート型のチョコレートをのせた。
「……かわいい」
　拓郎がスマートフォンを取り出して撮影を始める。誉は「なるほど」と唸った。先ほどのキャラメルナッツもそうだが、シンプルにはシンプルの良さがあるらしいと気付く。
「ホワイトデーも兼ねるって事だから、食べに来たお客さんがそれでメッセージを伝え合えたらなと思ったんだ。
　でも飴やグミよりシンプルに、チョコソースでメッセージを皿に書くサービスとかもいいかもな」
　誉の提案を聞いた皆は口々に賛成の色を示す。ところがエリセイだけは、カウンターに両肘をついて難しい顔だ。今度は拘りが理由ではない。イリヤはもう落ちまで想像出来たようで、泉と部屋へ戻ってしまった。
「それ……技術的に考えて俺が書くんだよね。キッチンさんに頼むと負担増えるし」
　レナートが「大体そうだろうね」と答えると、エリセイは組んだ両手の上に額をつけた。
「あい・らぶ・ゆーとか、ゆー・おるうぇいず・めいく・みー・はぴーとか」
「まあ、大凡そんな感じだろうね」
「……メッセージの横に俺のオリジナルキャラクターを描くのはどうかな。名付けてう」
　飲食店にあるまじき言葉を発しそうになった口を押さえて、次男は叔母のいるキッチンへ長男を連行していった。

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